☆ 世阿弥 ☆ 


ぜあみ
【1363頃−1443頃:室町前期の能役者・能作者二代目観世大夫】
 幼名藤若。通称観世三郎。実名元清。芸名世阿弥陀仏(世阿弥・世阿)。観阿弥
の子。大和の人。足利義満の支援を得て、父と共に能を大成した。特に、観阿弥以
前のものまね中心の能から歌舞中心の幽玄能に改変し、夢幻能という新しい形式を
完成させて、能の芸術性を高めた。作「老松(おいまつ)」「高砂(たかさご)」
「井筒」「西行桜」「砧(きぬた)」「班女」など多数。能楽論「風姿花伝」「花
鏡」「至花道」など。
【風姿花伝(ふうしかでん)】
 能楽論書。世阿弥の最初の著書。応永年間(1394−1428)に成立。父観
阿弥の口述した能楽論を中心に、世阿弥自身の思想を展開したもの。能の修業・演
出など幅広い内容を含む。年来稽古条々・物学(ものまね)条々・問答条々・神儀
・奥義・花修・別紙口伝の七編より成る。花伝書。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
いらっしゃい!┗|・o・|┛┗|⌒O⌒|┛まし〜ん!ご利用は計画的に

◇ 思い内にあれば 色 外に現る。

◇ 上手にも悪き所あり、
  下手にもよき所かならずあるものなり。
               「風姿花伝」

  この言葉のあと、「上手な役者はうぬぼれのために自分の芸の欠点に気がつか
  ないし、下手な役者は欠点だけでなく長所さえも自覚しないので、両者とも他
  人の批判が必要だ」としている。

◇ 初心忘るべからず。

◇ 秘すれば花なり。
  秘せずば花なるべからず。
         「風姿花伝」

  花とは能の神髄であり、それを秘密の奥義としておくところに花の値打ちがあ
  るという。そうすれば、観客は予期しない感動を覚えることになる。花を悟ら
  れてしまっては効果は期待できないのである、ということ。

◇ 文章の法は、
  言葉をつづめて理のあらわるるを本とす。

  文章は、言葉を簡潔に用いて意味がはっきりするように書くことが肝心である
  、ということ。