☆ 山本周五郎 ☆ 


やまもとしゅうごろう
【1903−1967:小説家】
 山梨県生れ。横浜市の西前小学校卒業後、東京木挽町の山本周五郎商店に徒弟と
して住み込む。1926年(大正15年)4月『須磨寺附近』が「文藝春秋」に掲
載され、文壇出世作となった。『日本婦道記』が1943年(昭和18年)上期の
直木賞に推されたが、受賞を固辞。1958年、大作『樅ノ木は残った』を完成。
以後、『赤ひげ診療譚』(1958年)『青べか物語』(1960年)など次々と
代表作が書かれた。
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◇ 或る意図によって操作されたものは、
  たいてい他の意図によって潰される。

◇ 男と女が肌と肌を触れあい、
  快楽と陶酔をともにしても、
  二人の人間が真実一緒になることはない。

◇ 幸運を望む男よ、
  お前が三つしか事を為さないのに
  十の結果を望んでいる間は、
  幸運は来はしない。
  幸運を望む男よ、
  お前が二つ結果を得る為に、
  十の事を為したら必ず、幸運は来るぞ。
  貧乏しても、
  出世していく友に後れても、
  本当の為事(しごと)をこつこつやっている比の力強さ。
  白蟻が大黒柱を如何にしてがらん洞にするか己は知っている。

◇ 心に傷をもたない人間がつまらないように、
  あやまちのない人生は味気ないものだ。
                  「橋の下」

◇ この世で生きてゆくということは、
  損得勘定じゃあない。
  短い一生なんだ、
  自分の生きたいように生きるほうがいい。

◇ この世で経験することは、
  なに一つ空しいものはない、
  歓びも悲しみも、
  みんな我々によく生きることを教えてくれる。
                   「花匂う」

◇ 十のもので百のたたかいをする力は自分にはない。
  けれども、
  十のものを十だけにたたかいきることはできそうだ。

◇ ときには我を失うほど酔うことも人間の特権だ。

◇ どんなに賢くっても、
  にんげん自分の背中を見ることはできない。

◇ 人間のすることに、
  いちいちわけがなくちゃならないってことはないんじゃないか。
  お互い人間てものは、
  どうしてそんなことをしたか、
  自分でもわからないようなことをするときがあるんじゃないだろうか。
                           from「さぶ」

◇ 能ある一人の人間がその能を生かすためには、
  能のない幾十人という人間が眼に見えない力を貸している。

◇ 人の一生は曲り角だらけだ。

◇ 水を流そうと思うなら流そうと
  思う方を水の在る場所より低く掘らねばならぬ。
  「流れよ!」と云った丈では水は流れはしない。
                  「青べか日記」