☆ 渋沢栄一 ☆
しぶさわえいいち
【1840−1931:明治・大正時代の実業家】
埼玉県の人。号は青淵(せいえん)。一橋家に仕え、次いで幕臣となる。維新後
大蔵省に出仕。のち第一国立銀行・王子製紙・大阪紡績などを創立、その他諸産業
の経営にも関係して渋沢財閥を形成した。教育・社会事業にも尽力。
−三省堂提供「大辞林第二版」−
◇ 金儲けを品の悪いことのように考えるのは、
根本的に間違っている。
しかし儲けることに熱中しすぎると、
品が悪くなるのもたしかである。
金儲けにも品位を忘れぬようにしたい。
◇ 事業には信用が第一である。
世間の信用を得るには、
世間を信用することだ。
個人も同じである。
自分は相手を疑いながら、
自分を信用せよというのは虫のよい話である。
◇ 四十五十は鼻たれ小僧。
◇ 一人ひとりに天の使命があり、
その天命を楽しんで生きることが、
処世上の第一要件である。
◇ 富者(フシャ)をうらやんでこれを嫉視(シッシ)するのは、
自分の努力の足りぬ薄志弱行(ハクシジャコウ)のやからのやることだ。
幸福は自らの力で進んでこれを勝ち取るのみだ。
【嫉視(しっし)】
ねたみの気持ちで他人を見ること。うらやみねたむこと。
【薄志弱行(はくしじゃこう)】
意志が弱く、決断力に欠けること。
−三省堂提供「大辞林第二版」−