☆ 井深大 ☆ 


いぶかまさる
【1908−1997:ソニー創業者】
 栃木県日光町(現在の日光市)に生まれる。学生時代から天才的発明家として特
許庁にも有名でした。在学中に発明した「走るネオン」は1933年、万国博覧会
(パリ)に出品され優秀発明賞を受賞した。1933年早稲田大学理工学部電気工
学科を卒業、同年PCL(写真化学研究所)に入社、その後、日本光音、日本測定
器を経て、海軍技術将校で終戦を迎える。終戦の年(1945年)10月、早くも
東京通信研究所を設立。1946年には日本測定器時代に出会った盛田昭夫と共に
東京通信工業を設立、1958年社名をソニー株式会社に変更した。今日の「世界
のソニー」を築いた井深は、技術を通じて日本の文化に貢献することを目指した。
その第1号となったのは、わが国初のテープレコーダーG型。1955年には、こ
れまたわが国初のトランジスタラジオTR−55型、いずれも小型で、持ち運び可
能な、新しい構想のもとに実現した新製品でした。1968年には独自の“トリニ
トロン”カラーテレビを発売するなど、世界初、日本初といわれる商品を次々と世
に送り出した。また井深は教育問題、とくに幼児教育に関しては高い関心を寄せ、
「幼児開発協会」を設立。1992年には科学・技術、産業、教育など多方面での
功績により、産業人としては初めての文化勲章を受賞した。
いらっしゃい!┗|・o・|┛┗|⌒O⌒|┛まし〜ん!ご利用は計画的に

◇ あらゆるいばらの道を切り開き、
  誰も手がけない新しい創造と取り組め。

◇ ある程度、
  直感力に頼ってね、
  思い切ってやらなければね、
  プロジェクトなんてものは進まないと思うんですよね。
  そこがまあ決断ていうのか、
  直感力に信ずるというのか。
  決断ってことは、
  言い換えれば
  非常にしっかりしたそのターゲットをそこへ打ち立てちゃうわけですね、
  人為的に。
  無理であろうが、
  無理でなかろうが。

◇ 多くの場合、
  1歩先を歩む身近な先達(センダツ)は、
  子どもの成長進歩にとって教師よりも大きな刺激となる。
  親が先達の1人として、
  子どもの好ましい競争者になりえたら、
  それに勝る教育法はないだろう。

  【先達(せんだつ)】〔「せんだち」とも〕
   (1)その方面で立派な仕事をして、後輩を導く人。先輩。先学。
   (2)修験道で、山に入って修行を行う際に指導する者。
   (3)先に立って導いていく人。案内者。指導者。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ 企業にとって重要なのは発明より革新なのだ。
  その革新は実はたわいのない夢を大切にすることから生まれる。

◇ 技術革新のネタは企業や大学でなく市場にある。

◇ 自分が思ったことを通していくと、
  それがやがて真理になっていく。

◇ 世界平和を真剣に希求するならば、
  これからの世代をになう幼児たちの教育にもっと重点を置き、
  むしろ、
  それに賭けるくらいの心がけが必要なのではないでしょうか。

◇ 人間として守らなければならないことは、
  親がいつも率先してお手本を示しながら、
  子どもにも守らせること。
  理屈でなく行動で教えること。

◇ 一粒の麦も、
  地に落ちてはじめて多くの実を結ぶ。

◇ 本当の経営者は、
  来年、再来年に何をやるかというときに、
  だんだん広げていくのじゃなしに、
  だんだん狭めていく。
  そこに集中するために、
  いらんことはやめていく。
  そうでなければ集中できない。

◇ 「物」だけで「もの」を考える時代は終わった。
  これからは「心」と「意識」を考えたものづくりの時代だ。

◇ 立派な人間になるための一つの条件は、
  自分が心から尊敬できる人を持つことだろう。

◇ わが社には組織はない。
  今日の組織は明日の組織でなく、
  明日の組織も明後日はどうなるかわからない。
  だから組織づくりといえば、
  毎日が組織づくりである。
  いや毎日、
  会社そのものをつくっている。

◇ 私は、
  実はたわいのない夢を大切にすることから革新が生まれると思っている。