☆ 太宰治 ☆ 


だざいおさむ
【1909−1948:小説家】
 津軽の大地主の六男として生まれる。共産主義運動から脱落して遺書のつもりで
書いた第一創作集のタイトルは『晩年』(昭和11年)という。この時太宰は27
歳だった。その後太平洋戦争に向う時期から戦争末期までの困難な間も、妥協を許
さない創作活動を続けた数少ない作家の一人である。戦後『斜陽』(昭和22年)
は大きな反響を呼び、若い読者をひきつけた。
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◇ 愛は最高の奉仕だ。
  みじんも、
  自分の満足を思ってはいけない。

◇ 疑いながら、
  ためしに右へ曲るのも、
  信じて断乎として右へ曲るのも、
  その運命は同じ事です。
  どっちにしたって引き返すことは出来ないんだ。
                   「お伽草子」

◇ 怒る時に怒らなければ、
  人間の甲斐がありません。

◇ お前は器量が悪いから、
  愛嬌だけでも良くなさい。
  お前は体が弱いから、
  心だけは良くなさい。
  お前は嘘が上手いから、
  行いだけでも良くなさい。

◇ 子供より親が大事、
  と思いたい。
  子供のために、
  等と、
  古風な道学者みたいな事を殊勝さらく考えても、
  何、
  子供よりも、
  その親の方が弱いのだ。

◇ 騙される人よりも、
  騙す人の方が数十倍苦しいさ。
  地獄に堕ちるのだからね。

◇ 何もしないさきから、
  僕は駄目だときめてしまうのは、
  それは怠惰だ。
          「みみずく通信」

◇ 人間の生活の苦しみは、
  愛の表現の困難に尽きるといってよいと思う。
  この表現のつたなさが、
  人間の不幸の源泉なのではあるまいか。

◇ 勉強がわるくないのだ。
  勉強の自負がわるいのだ。
         「如是我聞(にょぜがもん)」
  【如是我聞】
   〔仏〕〔「このように私は聞いた」の意〕経文の最初に置かれる言葉。釈
   迦の教えを信じ、それをかたく保つ意味を含む。仏の教えであることを示
   すため、釈迦が弟子の阿難に経典の冒頭に冠させたという。
                     −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ ぽかんと花を眺めながら、
  人間も、
  本当によいところがある、
  と思った。
  花の美しさを見つけたのは、
  人間だし、
  花を愛するのも人間だもの。
           「女性徒」

◇ 本当の気品というものは、
  真黒いどっしりした大きい岩に白菊一輪だ。
                   「津軽」

◇ 弱虫は、
  幸福をさおそれるものです。
  綿で怪我をするんです。
  幸福に傷つけられる事もあるんです。

◇ 侘びしさというものは、
  幸福感の一種なのかも知れない。