☆ 芥川龍之介 ☆ 


あくたがわ りゅうのすけ
【明治25年(1892)ー昭和2年(1927):俳号我鬼・小説家】
 東京市京橋区入船町に生まれ、辰年辰月辰日の辰の刻の生まれにちなんで、龍之
介と命名されました。学業成績は優秀で、読書欲旺盛で、江東小学校、東京府立三
中、一高一乙文科、東大英文科へと進みます。東大英文科卒業の大正5年に発表し
た「鼻」を夏目漱石から激賞されて新進作家の地位を確立します。大正13年5月
、かねてから交流のあった室生犀星をたずねて金沢へ向かい、犀星の世話で兼六園
の三芳庵の茶屋に5日間程滞在します。その間金沢の俳人桂井未翁、太田南圃、詩
人小畠貞一たちと交流を深めた龍之介は短歌「金沢にて」を詠み、その中で巧みに
金沢弁を使いこなし鬼才ぶりを発揮しています。
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◇ 運命は偶然よりも必然である。
  「運命は性格のなかにある」
  という言葉は等閑(ナオザリ)に生まれたものではない。

  【等閑(なおざり)】
   物事の扱いをいい加減にすること。注意を払わないこと。なおざり。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ 子供に対する母親の愛は、
  もっとも利己心のない愛である。

◇ 古来いかに大勢の親はこういう言葉を繰り返したであろう。
  ―「わたしは畢竟(ヒッキョウ)失敗者だった。
    しかしこの子だけは成功させなければならぬ」
                       「侏儒の言葉」
  【畢竟】〔「畢」も「竟」も終わるの意〕
   [一](名)
    〔仏〕 究極。絶対。最終。
   [二](副)
    その物事や考えをおし進めて最後に到達するところは。結局。要するに。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ 人生の競技場に踏みとどまりたいと思ふものは、
  創痍(ソウイ)を恐れずに闘はなければならぬ。

  【創痍】
   (1)刀などで受けた傷。また、精神的な痛手。きず。
   (2)受けた損害。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ 人生は一箱のマッチに似ている。
  重大に扱うのは莫迦々々しい。
  重大に扱わなければ危険である。
        警句集「侏儒の言葉」

  【警句】
   奇抜な表現で、たくみに鋭く真理を述べた短い言葉。アフォリズム。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ 他人をあざける者は同時にまた
  他人にあざけられることを恐れるものである。

◇ 他をあざけるものは同時にまた他にあざけられることを恐れるものである。

◇ 天才とは我々と一歩を隔てたもののことである。
  只この一歩を理解する為には百里の半ばを
  九十九里とする超数学を知らなければならぬ。
             「侏儒の言葉・西方の人」

◇ 人間は、
  時として、
  充たされるか充たされないか、
  わからない欲望の為に、
  一生を捧げてしまう。
  その愚をわらう者は、
  畢竟(ヒッキョウ)、
  人生に対する路傍(ロボウ)の人に過ぎない。
                    「芋粥」

  【畢竟】
   〔「畢」も「竟」も終わるの意〕
   [一](名)
      〔仏〕 究極。絶対。最終。
   [二](副)
      その物事や考えをおし進めて最後に到達するところは。結局。要する
      に。
  【路傍】
   道のかたわら。みちばた。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ 我々に武器を執らしめるものは、
  いつも敵に対する恐怖である。
  しかもしばしば実在しない架空の敵に対する恐怖である。
                「侏儒(しゅじゅ)の言葉」

  【侏儒(しゅじゅ)】
   (1)こびと。一寸法師。
   (2)見識のない人をののしっていう語。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ 我々を走らせる軌道は、
  機関車にはわかっていないように我々自身にもわかっていない。
  この軌道もおそらくはトンネルや鉄橋に通じていることであろう。
                       「機関車を見ながら」