☆ 松下幸之助 ☆ 


まつした こうのすけ
【1894−1989:松下電器創業者・経営の神様】
 1894年海草郡和佐村(現在の和歌山市)生まれ。小学校を4年で中退、火鉢
店、自転車店などに奉公した後、大阪電灯の工事担当者となる。22歳で独立、松
下電器製作所を開設。アタッチメントプラグ、自転車ランプなどの製造で成功し、
アイロン、ラジオなど次々に業務を拡大する。33年には事業部制を実施し、35
年松下電器産業株式会社に改組、社長となる。46年PHP研究所設立。52年オ
ランダのフィリップス社と提携。61年松下電器会長。73年相談役。80年松下
政経塾開塾。87年勲一等旭日桐花大綬章受章。89年4月94歳で死去。『新国
土創成論』など著書多数。
いらっしゃい!┗|・o・|┛┗|⌒O⌒|┛まし〜ん!ご利用は計画的に

◇ 60%の見通しで判断が出来たら、
  決断することだ。
  後は勇気と実行力である。

◇ アイデアは、
  人間の熱意、
  熱心に対する神の報奨である。

◇ 明日は今日のままであってはならない。

◇ あなたはいま 何をもとめて日々努力し
  日本はいま 何をめざして進んでいるのだろうか
  ともに育ち ともに暮らしているこの国を愛し
  日本人自身のすぐれた素質を大切に思うならば
  政治家も経営者も 勤労者も家庭の主婦も
  おたがい 他にのみ依存する安易な心をすてて
  みずからが果たすべき責任にきびしく取り組もう
  この国日本の 百年の計をあやまらないために
                  「道をひらく」

◇ 雨が降れば傘をさそう。
  傘がなければ、
  一度は濡れるのも仕方がない。
  ただ、
  雨があがるのを待って、
  二度と再び雨に濡れない用意だけは心がけたい。

◇ 「ありがとう」
  言う方は何気なくても言われた方はうれしい。
  「ありがとう」
  これをもっと素直に言い合おう。

◇ 生きがいは他人から与えてもらうものではない。
  自分で見つけ、
  つかみ取るものである。

◇ 行き詰まりは、
  進歩発展の前ぶれである。
  一見、
  ”行き詰まり”と思えること。
  でも、
  長い目でみると必ず道は開ける。

◇ いくつになってもわからないのが人生というものである。
  わからない人生を、
  わかったようなつもりで歩むほど危険なことはない。

◇ いくら粉飾したところで、
  自分の生地は誤魔化し切れない。
  正直こそが、
  処世の一番安全な道。

◇ 「石の上にも三年」という。
  しかし三年を一年で修得する努力を怠ってはならない。

◇ 一日をこれといった喜びや満足感なしに、
  ただなんとなく過ごすのでは人生はもったいない。

◇ 一方は
  これで十分だと考えるが、
  もう一方は
  まだ足りないかもしれないと考える。
  そうしたいわば紙一枚の差が、
  大きな成果の違いを生む。

◇ 今からでもおそくない。
  今からでもおそくないのである。

◇ 売る前のお世辞より売った後の奉仕、
  これこそ永久の客を作る。

◇ 多く知識を身につけた人ほど、
  それを超える熱意が必要ですな。

◇ お互いに憧れを持ちたい、
  願いを持ちたい、
  そしてその実現のために努力する姿勢を常に持ち続けたい。

◇ お互いの長所欠点を良く知り合い、
  そして欠点を補い合う。
  そこから共同の仕事の発展が生まれる。

◇ 思い悩むことを恥じるより、
  自己の殻に閉じこもって教えを乞わないことを恥じるべきだ。

◇ おろそかにしないところに、
  信頼を生み出す第一歩がある。

◇ 確たる信念を持っている人は不景気の時ほど儲ける。

◇ かつてない困難からは、
  かつてない革新が生まれ、
  かつてない革新からは、
  かつてない飛躍が生まれる。

◇ 感謝の心が高まれば高まるほど、
  それに正比例して幸福感が高まっていく。

◇ 機会というものは真に熱意をもってことに当たれば、
  随所にあるものである。

◇ 企業の成功というものは、
  戦略と理念によって決められるべきであって、
  それを経営する人間の能力で制限されるべきではない。

◇ 企業は利益や利潤だけを追求したらいかん。
  社会に奉仕したご褒美が結局は利益になって戻ってくるんだ。

◇ 逆境もよし、
  順境もよし。
  要はその与えられた境遇を素直に生き抜くことである。

◇ 苦難がくればそれもよし、
  順調ならばさらによし、
  という心づもりを常に持ち、
  人一倍の働きを積み重ねてゆくことが大切だと思う。
                     「一日一話」

◇ くらべつつ歩むのは、
  ひとつの進歩でもある。
  しかし、
  くらべようのない自分を深く見つめて、
  そこにドッシリ腰をすえて歩むのも、
  貴重な進歩を生む。

◇ 決心することが社長と大将の仕事である。

◇ 志さえ失わなければ、
  困難や問題は全て新たなの契機として生かすことができる。

◇ 志とは、
  自分の力を超えた存在に、
  自分という有限な存在を同化させていく作業なのである。

◇ 叱ってくれる人を持つことは大きな幸福である。
  何人も、
  より多く叱ってもらうことによって進歩向上が得られるのだ。
  しかしながら叱る方でも、
  真の親切から叱る以上、
  あくまでも矯正するところまで叱り通してやる根気がなければならぬ。
  叱られる方もまた、
  叱ってもらうことは自己向上の一大資料たるを感じて、
  これを受け入れてこそ、
  そこに効果が生まれるのである。

◇ 仕事が順調な時はいつも皆のお陰と考えた。
  業績が低下した時は全ての責任は自分にあると考えた。

◇ 仕事が成功するかしないかは第二のこと。
  要は仕事に没入することである。
  一心不乱になることである。
  そして後生大事にこの仕事に打ち込むことである。
  そこから、
  ものが生まれずして、
  いったい、
  どこから生まれよう。

◇ 仕事に失敗するのは運が悪いのでも何でもない。
  なすべきことを怠ったからである。

◇ 仕事には知恵も才能も大事。
  しかし、
  より大事なのは平凡、
  些細なことを疎かにしない心がけである。

◇ 仕事をするに当たって、
  まず心を磨くというか、
  ものの考え方を成長させる必要があります。

◇ 失敗したところでやめてしまうから失敗になる。
  成功するところまで続ければ、
  それは成功になる。

◇ 失敗することを恐れるよりも、
  真剣でないことを恐れたい。

◇ 失敗の多くは、
  成功するまでにあきらめてしまうところに原因があるように思われる。
  最後の最後まであきらめてはいけないのである。

◇ 失敗の原因はわれにあり

◇ 自分が今日一日やったことは成功か失敗か、
  よく考えてみよう。
  決して平穏な一日ではなかったはずだ。

◇ 自分が方向を変えれば新しい道はいくらでも開ける。

◇ 自分には、
  自分に与えられた道がある。
  広い時もある。
  せまい時もある。
  のぼりもあれば、
  くだりもある。
  思案にあまる時もあろう。
  しかし、
  心を定め、
  希望を持って歩むならば、
  必ず道は開けてくる。
  深い喜びも、
  そこから生まれてくる。

◇ 自分は自分である。
  百億の人間が居っても、
  自分は自分である。
  そこに自分の誇りがあり、
  自信がある。
  そしてこんな人こそが、
  社会の繁栄のために本当に必要なのである。
  自分を失った人間が百億居っても、
  それこそ烏合の衆にすぎない。

  cf.
  「烏合(ウゴウ)の衆」  −後漢書
   烏の群れのように統一も規律もなく寄り集まった群衆。または軍勢のこと。
  【烏合(うごう)】
   烏(からす)の群れのように規律も統一もなく集まること。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ 社会のすべての人々を師表(シヒョウ)と仰ぎ、
  大事なお得意様と考え、
  常に礼節を重んじ、
  謙虚な態度で接すること。

  【師表(しひょう)】
   師として人の手本・模範となること。また、そういう人。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ 修業を積むほど、
  世間の広さ、
  恐ろしさがわかり、
  謙虚な気持ちが養われてくる。

◇ 常識は大切。
  しかし、
  新しいものを生み出すには、
  常識から自分を開放することもまた必要である。

◇ 「知る」とは、
  単に知識によって理解するのではなく、
  体得してはじめて知ったことになる。

◇ 人生にはカメのような歩一歩の歩みが大切。
  二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば失敗する。

◇ 人生には損得を超越した一面、
  自分がこれと決めたものには命を賭けてでも
  それに邁進するという一面があってもよいのではないだろうか。

◇ 心配や憂いは新しいものを考え出す一つの転機。
  正々堂々とこれに取り組めば新たな道が開けてくる。

◇ 進むもよし、
  とどまるもよし。
  要は断を下すことである。
  みずから断を下すことである。
  それが最善の道であるかどうかは、
  神ならぬ身、
  はかり知れないものがあるにしても、
  断を下さないことが、
  自他ともに好ましくないことだけは明らかである。

◇ 素直さを失った時、
  逆境は卑屈を生み、
  順境は自惚れを生む。
  素直さは人を正しく聡明にする。

◇ 素直な心になれば、
  危機に直面してもこれをチャンスとして受けとめ、
  「禍を転じて福となす」こともできるようになる。

◇ 誠意や真心から出たことばや行動は、
  それ自体が尊く、
  相手の心を打つものです。
             「社員心得帖」

◇ 成功した人は、
  普通の人ならその困難に打ち負かされるところを、
  反対に喜び勇んで体当たりしている。

◇ 成功の要諦は、
  成功するまで続けることである。

◇ 世間は誰ひとりとしてきみの成功を邪魔したりせんよ。
  やれないというのは、
  外部の事情というよりも、
  自分自身に原因があるものなんや。

◇ 即断、
  即行できる見識と機敏な実行力は指導者に不可欠な要件だ。
                      「指導者の条件」

◇ その日その月その年の目的を持とう。
  それを遂行するところに生き甲斐が生まれる。

◇ 大切なことで、
  是非覚えておいてもらいたいと思うことは、
  何度でも言うことである。
  五へんでも十ぺんでもくり返せば、
  いやでも頭の中に入る。
  沈着冷静にものを決断することのできる人こそ本当の人物である。

◇ 対立大いに結構。
  正反対大いに結構。
  これも一つの自然の理ではないか。
  対立あればこその深みである。
  妙味である。
  だから、
  排することに心を労するよりも、
  これをいかに受け入れ、
  これといかに調和するかに、
  心を労したい。

◇ たとえそれが自分自身に不利益をもたらそうとも、
  天地に恥じない行動をしているかどうかが、
  後の成果を決定していくのである。

◇ たとえ三日間の手伝い仕事であっても、
  その仕事に一生のような心構えで真剣に立ち向かうならば、
  そこから必ず大きなものを得ることができる。

◇ 他人は、
  すべて、
  自分よりもアカンと思うよりも、
  他人は自分よりエライのだ、
  自分のないものをもっているのだ、
  と思う方が、
  結局はトクである。

◇ 誰でもそうやけど、
  反省する人はきっと成功するな。
  本当に正しく反省する。
  そうすると次に何をすべきか、
  何をしたらいかんかということがきちんとわかるからな。
  それで成長していくわけや。

◇ 誰にでも与えるものはある。
  笑顔を与える、笑いを与える。
  求める活動から与える活動へ転換をはかりたい。

◇ 断固事をやりぬく気迫が大切である。
            「指導者の条件」

◇ 力強さは使命感を持つところから生まれる。

◇ 長所も短所も天与の個性、
  持ち味の一面。
  うぬぼれず嘆かず大らかにそれらを活かす道を考えたい。

◇ 「天はニ物を与えず」というが、
  逆に「なるほど、天はニ物は与えないが
  しかし一物は与えてくれる」ということが言えると思う。
  その与えられた一つのものを大事にして育て上げることである。

◇ 時には常識や知識から解放され、 
  思いつきというものを大切にしてみてはどうだろうか。

◇ どこかまだ足りないところがある、
  まだまだ道がある筈だと考え続ける人の日々は輝いている。

◇ どんなえらい人でも、
  3度に1度は失敗したほうが身のためになりそうである。
  そしてその失敗を、
  謙虚さに生まれ変わらせたほうが、
  人間が伸びる。
  失敗の連続もかなわないが、
  成功の連続もあぶない話である。

◇ どんなに悔いても過去は変わらない。
  どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。
  いま、
  現在に最善を尽くすことである。

◇ 長い人生ときには失敗することもあるなどと呑気にかまえていられない。
  これは失敗したときの慰めのことばで、
  はじめからこんな気がまえでいいわけがない。
  真剣になるかならないか、
  その度合いによってその人の人生はきまる。

◇ 鳴かぬなら
  それもまたよし
  ホトトギス

◇ なすべきことをなすという勇気と、
  人の心に私心なく耳を傾けるという謙虚さがあったならば、
  知恵はこんこんとわき出てくるのである。

◇ 七度転んでも八度起きればよい、
  などと呑気に考えるならば、
  これはいささか愚である。
  一度転んで気がつかなければ、
  七度転んでも同じこと。
  一度で気のつく人間になりたい。

◇ 何か事をなし遂げようとする場合、
  熱意と誠意のあるなしが成否を決める一番のカギとなってくると思うのです。

◇ 何事にも熱心であること。
  誰よりも熱心であること。
  熱心から生まれる賢さが、
  自他ともに真の幸せを生むのである。

◇ 何事をなすにも機会をとらえるということはきわめて大切である。
  もちろん、
  それはなかなかむずかしい。
  しかし、
  機会というものは真に熱意をもってことに当たれば、
  随所にあるものである。

◇ 悩みはあって当たり前。
  それは生きている証であり、
  常に反省している証左(ショウサ)でもある。
  【証左(しょうさ)】
   証拠。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−

◇ 何度失敗しても、
  「もう一度」の勇気を失わなければ、
  必ずモノになる。

◇ 何としても二階に上がりたい、
  どうしても二階に上がろう。
  この熱意がハシゴを思いつかせ、
  階段を作りあげる。
  上がっても上がらなくてもと考えている人の頭からはハシゴは生まれない。

◇ 人間だから行き過ぎることもある。
  そういう場合はすぐ引き返すこと。
  その見極めが何より大切である。

◇ 人間というものはまことに勝手なもので、
  他人をうらやみ、
  そねむことはあっても、
  自分がどんなに恵まれた境遇にあるか、
  ということには案外、
  気のつかないことが多い。
  だからちょっとしたことにも、
  すぐ不平が出るし不満を持つのだが、
  不平や不満の心から、
  よい知恵も才覚もわきそうなはずがない。

◇ 人間の運命を変えようと思ったら、
  まず日々の習慣から変えるべし。

◇ 人間はだれもが、
  磨けばそれぞれに光る、
  さまざまなすばらしい素質をもっている。
  だから、
  人を育て、
  活かすにあたっても、
  まずそういう人間の本質というものをよく認識して、
  それぞれの人がもっているすぐれた素質が生きるような配慮をしていく。
  それがやはり、
  基本ではないか。

◇ 人間万事、
  世の中のすべては、
  天の摂理できまるのが90%、
  あとの10%だけが人間の成し得る限界だ。

◇ 人情の機微を知るためには、
  やはり何といっても、
  いろいろな体験を通じて、
  多くの人びとと実際にふれあうことである。
               「指導者の条件」

◇ 熱意は、
  あたかも磁石が、
  鉄粉を引き付けるように周囲の状況を動かす。

◇ 美と醜は表裏一体。
  美の面に囚われ、
  反面の醜を責めるに急なのは、
  真実を知らぬ姿である。

◇ 人との縁・つながりは大切なもの。
  縁あることを喜び、
  誠意と熱意でお互いのつながりをより強めたい。

◇ 人の意見はまず感心して聞く心を持つ。
  そこから何かヒントも得られ、
  新しい発想も生まれてくる。

◇ 人の意見を聞いて、
  それに流されてはいけないが、
  お互いにまず誰の意見にも感心し学び合うという
  柔軟な心を養い高めていきたいものである。

◇ 人の長所が多く目につく人は幸せである。

◇ 人は、
  あるところでは卑劣に行動しながら、
  別のところで高徳に振る舞うことはできないのである。
  その些細な心の緩みやごまかしが、
  全体を蝕んでいくのである。
  人は騙せても自分自身は騙せない。

◇ 人は何度やりそこなっても、
  「もういっぺん」の勇気を失わなければ、
  かならずものになる。

◇ 百人までは命令でも動くかもしれないが、
  千人になれば頼みます、
  一万人にもなれば拝む心がなければ人は動かない。

◇ 「百聞は一見にしかず」というが、
  「百聞百見は一験にしかず」とも言える。
  知っていても実行しなければ知らないことと同じ。
  いかに的確な判断をしてもそれを為し遂げる勇気と実行力がないと、
  その判断は何の意味も持たない。

◇ 病気を恐れて遠ざけていれば、
  あとから追いかけてくる。
  病気と仲良く親しんで、
  積極的に近づいていけば、
  向こうが逃げていく。

◇ 平穏無事な環境が続けば、
  いつしかそれに馴れてしまい、
  自分の実力も向上しない。
  そう考えると、
  不安もまたよし、
  という大きな心で、
  日々自分のつとめを果たしていけるのではないかと思う。

◇ 本気になって真剣に志を立てよう。
  強い志があれば事は半ば達せられたといってもよい。

◇ 毎日の仕事の中で、
  自分で自分をほめてあげたいという心境になる日を、
  一日でも多く持ちたい、
  そういう日をつみ重ねたいものだと思います。

◇ 貧しさの中なら、
  労りだけで十分子供は育つ。
  だが豊かさの中では、
  精神的な厳しさを与えなければ鍛えられない。

◇ 学ぶ心さえあれば、
  万物すべてこれ我が師である。
  語らぬ石、
  流れる雲、
  つまりはこの広い宇宙、
  この人間の長い歴史、
  どんなに小さな事にでも、
  どんなに古い事にでも、
  宇宙の摂理、
  自然の理法が密かに脈づいているのである。

◇ 自らも楽しみ、
  人々にも喜びを与える。
  大切な人生をこうした心構えで送りたい。

◇ 道をひらくためには、
  まず歩まねばならぬ。
  心を定め、
  懸命に歩まねばならぬ。
  それがたとえ遠い道のように思えても、
  休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
  深い喜びも生まれてくる。

◇ みんなが「不景気が不景気だ」
  というときはまだ不景気ではない。
  みんなが「もうダメだ」
  と思ったときが本当の不景気なんだ。

◇ 無限に発展する道はいくらでもある。
  要はその道を探し出す努力である。

◇ 物作りはな、
  物を作ってはあかん。
  物の先にある笑顔を想像できんかったら、
  物を作ったらあかんのやで。

◇ ものを覚える事は、
  まねることから始まる。
  あ子供の歩みを見てもよくわかる。
  しかしウリのつるにナスはならない。
  柿の種をまけば柿がなり、
  梅の木には梅の花がさく。
  人もまたみな違う。
  柿のごとく梅のごとく、
  人それぞれに、
  人それぞれの特質があるのである。
  大事な事は、
  自分のその特質を、
  はっきり自覚認識していることである。
  その自主性がほしい。
  まねる事は、
  その上に立ってのことでろう。

◇ 山は西からも東からでも登れる。
  自分が方向を変えれば、
  新しい道はいくらでも開ける。

◇ 立派な歴史伝統を持つ会社でも人を得なければ徐々に衰微する。
  歴史、
  伝統を生かすのも人である。

◇ 礼儀作法は人間関係を滑らかにする。
  社会生活の潤滑油である。

◇ わずかな人間の知恵の幅である。
  賢さの中にも愚かさがあり、
  愚かさの中にも賢さがひそんでいる。

◇ 私の現在が成功というなら、
  私の過去はみんな失敗が土台づくりをしているということにある。
  仕事は全部失敗の連続である。

◇ 私は部下に大いに働いてもらうコツの一つは、
  部下が働こうとするのを、
  じゃましないようにするということだと思います。

◇ 悪い時が過ぎれば、
  よい時は必ず来る。
  おしなべて、
  事を成す人は、
  必ず時の来るのを待つ。
  あせらずあわてず、
  静かに時の来るを待つ。
  時を待つ心は、
  春を待つ桜の姿といえよう。
  だが何もせずに待つ事は僥倖を待つに等しい。
  静かに春を待つ桜は、
  一瞬の休みもなく力を蓄えている。
  たくわえられた力がなければ、
  時が来ても事は成就しないであろう。

◇ われわれは金銭に左右される人間にはなりたくないと思う。
  金銭を左右する人間にならなければならない。
  人間の多くは金銭によって働いているが、
  われわれは金銭を動かすことはあっても、
  金銭によって自分の節操を売らないような
  人間にならなければいけないと思う。

  【節操(せっそう)】
   自分の信念をかたく守って変えないこと。みさお。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−