| 【 「せ」の蔵 】 |
◎「青雲(セイウン)の交わり」
朝廷に一緒に仕えている間柄。つまり、立身出世を志し、同時に官職に就いた
縁による交わりのこと。
【青雲(せいうん)】
(1)青色の雲。晴れた高い空。
(2)地位・学徳などが高いこと。
(3)世を避けて送る超然とした生活。また、高尚な志操。
−三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「清濁(セイダク)併(ア)せ呑(ノ)む」
清流も濁流も受け入れる海のようにということ。つまり、心が広く、気に入っ
た人だけでなく嫌いな人でも受け入れること。包容力が大きいこと。
この故事の「清濁」は「正と邪。善と悪。」ということ。
【清濁(せいだく)】
(1)澄んでいることと濁っていること。
(2)正と邪。善と悪。
(3)清音と濁音。
(4)楽符に示された、音の高低・強弱。
(5)清酒と濁酒。
ー三省堂提供「大辞林第二版」ー
◎「急(セ)いては事を仕損じる」
物事はあせると、かえって失敗しやすいものだということ。
◎「青天の霹靂(ヘキレキ)」
−陸游の詩「九月四日鶏未鳴起作」−
(リクユウ)(クガツヨッカニワトリイマダナカズオキテツクル)
空が晴れているのに、突然、雷が鳴ること。つまり、突然に起こった出来事の
こと。
【霹靂(へきれき)】
(1)かみなり。雷鳴。
(2)かみなりがなること。また、大きな音が響きわたること。
−三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「盛年(セイネン)重ねて来らず」 −陶淵明(トウエンメイ)の詩・雑詩−
若い盛りは二度とないのだから、その時代を無駄にしてはいけない、勉学に励
めということ。
【盛年(せいねん)】
若くて働き盛りの、元気のある年頃。
−三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「席暖まるに暇あらず」
仕事が忙しくて、一ヶ所に落ち着く暇がないので座る場所の暖まる時がない、
ということ。つまり、非常に忙しい様子。
◎「析薪(せきしん)を負う」
父が薪を割り、子がそれを背負うことから、子が親の事業を継いで、立派にや
っていくこと。
◎「赤貧洗うが如し」
無一物といって良いほど貧しい暮らしをしていること。
「洗うが如し」は、洗い流した様に何一つものがないこと。
【赤貧(せきひん)】
〔「南史(臨汝侯坦之伝)」による。「赤」は何もない意〕きわめて貧しい
こと。
−三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「世間は張り物」
世間では誰でも見えを張るものだということ。
【張(り)物(はりもの)】
(1)糊(のり)をつけた布や染色した布を板張りまたは伸子(しんし)張
りにすること。また、その布。
(2)歌舞伎の大道具で、木や竹を組んで紙や布を張り、岩石・樹木などの
形にしたもの。
(3)見せかけだけで、中身のないこと。
−三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「雪中(セッチュウ)の筍(タケノコ)」
−二十四孝(ニジュウシコウ)・呉志・孫皓伝・楚国先賢伝−
中国の三国時代、呉の孟宗(モウソウ)の病中の母親が冬真っ只中に筍が食べ
たいと言いました。孟宗は母親の望む筍を何とか手に入れようと懸命に雪の中
で探して見たが、見つかりません。しかし、孟宗は母親の希望をかなえるべく
冬に竹林に入って哀嘆しました。その孝心を愛でた天の恵みによって、手に入
れることができたのだそうです。つまり、有り得ないもののこと。また、孝心
(コウシン)が深いこと。孝心が天に報われること。
【孝心(こうしん)】
親に孝行しようとする気持ち。
−三省堂提供「大辞林第二版」−
−おまけ−
この故事から、孟宗はその名を竹に「孟宗竹(モウソウチク)」と残しました
。
【孟宗竹(もうそうたけ)】
イネ科の大形のタケ。中国原産。主に筍をとるため栽培される。日本にある
タケでは最も大きく、高さ12メートル、径20センチメートルに達する。
筍は食用。皮は紫褐色の毛が密生し、食物を包むのに用いた。枝は節から二
個ずつ出、葉は小形で薄い。まれに開花する。
−三省堂提供「大辞林第二版」−

|
|
− 京都・西ノ岡丘陵の「孟宗竹の竹林」−
|
◎「背戸(セド)の馬も相口(アイクチ)」
−尾張いろはがるた−
裏口につないでおくしかない暴れ馬でも、扱い方によっては大人しくなること
。つまり、手のつけられない者にも、頭の上がらない人や気の合う友人はいる
ということ。
【背戸(せど)】
家の裏口。また、裏手。
−三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「背に腹はかへられぬ」
−江戸いろはがるた−
背中のお灸も痛いけれど、それでお腹の痛さがとれるなら、小さな苦痛は我慢
して大きな苦痛を免れようとすること。つまり、さし迫った苦痛を逃れるため
には、他を犠牲にすることもやむを得ないということ。
また、剣を用いた戦闘において、腹は大切な部分だから、進退極まった時でも
、腹を保護して背中を切らせよということ。無防備な皮膚の下に内蔵があるか
ら、腹を切られると致命傷になります。その点、背中には背骨や肋骨があり、
切られても骨が内蔵をガードしてくれるので、命にかかわる傷は受けにくいと
いうこと。
◎「背伸びできないほどの巨人もなければ、
かがめないほどの小人は世にはいない。」 ーイギリスのことわざー
◎「善悪は水波の如し」
善と悪は正反対のものではなく、実際は水の波の上と下のように、たいした差
はないということ。
◎「千石を取れば万石を羨む」
千石取りの身分になると万石取りの身分を羨むように、人間の欲には切りがな
いこと。
「石(コク)」は、大名や武家の知行高(チギョウダカ)を表したもので、「
一石は一人の人間が一年で食べるお米の量」
◎「前車の轍(テツ)を踏む」
転倒した前の車のわだちの跡をふむ。つまり、前の人の失敗を繰り返すこと。
【轍(てつ)】
車輪の跡。わだち。
−三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「千秋楽」
昔、寺院の法会(ホウエ)の時に演奏する雅楽(ガガク)の曲名で、最後に演
奏する習慣があった。つまり、相撲や演劇などの興行の最終日のこと。
◎「先生と言われる程の馬鹿でなし」
教師でもない自分に対し、言うほうにはそれほど敬う気がないのだから、それ
をまともに受けて大きな顔をするのは愚かであるということ。
先生と言われていい気になる程度の愚かではない。
◎「せんち(雪隠)で饅頭」
−京都いろはがるた−
「せっちん(雪隠)で饅頭」
こっそり隠れて利益を一人占めにすること。
【雪隠(せんち)】
「せっちん(雪隠)」の転。
【雪隠(せっちん)】
〔「西浄(せいちん)」の転。一説に「せついん(雪隠)」の転とも〕便所
。かわや。後架。→西浄
【西浄(せいちん)】
〔「ちん」は唐音〕禅寺で、便所。西序(せいじよ)の人が用いるからいう
。せいじょう。
【西序(せいじよ)】
禅宗寺院で、学徳に長じた者が占める職位。首座(しゆそ)以下の六頭首(
ちようしゆ)のこと。また、その僧たちが法堂(はつとう)において並ぶ西
側の位置。西班。⇔東序
−三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「船頭多くして船山に上(ノボ)る」
指図するものが多すぎて、方針の統一がとれず、物事がかえってとんでもない
方向に進んでいくこと。
【新(珍)解釈】
大勢が力を合わせれば何でもできるということ。
◎「千日の萱(カヤ)を一日」
千日もの長い間刈り続けてきた萱(カヤ)をたった一日で燃やしてしまうとい
うこと。つまり、長い間かけて積み重ねてきた成果や信用などを、いっぺんに
ぶち壊すこと。
【茅/萱(かや)】
屋根を葺(ふ)く丈の高い草の総称。イネ科植物のススキ・ヨシ・チガヤ・
カルカヤ・カヤツリグサ科植物のスゲなど。[季]秋。
−三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「善人の敵となるも悪人を友とすな」
たとえ善人を敵にしてしまうことはあっても、悪人を友とすることだけはして
はいけないということ。
◎「千の蔵より子は宝」
財宝を入れた千の倉より、子供の方が大切であるということ。つまり、子は最
大の財産だということ。
◎「善は急げ」
よいことは機会を逃さず急いでせよということ。
尚、現在は、善し悪しに関わらず「その気になったらすぐ行動せよ」という意
味でも使われます。昔(?)は、「善は急げ、悪は延べよ」と対句の形で使わ
れることが多かったそうです。
◎「千三つ」
本当のことは千のうち三つしかないということ。つまり、ほら吹き・うそつき
のこと。
また、まとまる話は千回のうち三回ののこと。つまり、土地や家屋の売買、貸
し金などの仲介を業とする人のこと。千三つ屋。
◎「先憂後楽(センユウコウラク)」
天下のことについて世の人に先んじて憂え、遅れて楽しむこと。常に天下の平
安を心がけていること。
◎「千里の道も一歩から」
遠い旅路も足下の第一歩から始まる。
規模の大きい計画も手近なことの実行から始まる、ということ。
【同義】五重の塔も下から組む
|
|  |