☆ 故事&ことわざ ☆ 


【 「み」の蔵 】
◎「木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊になる」
  ミイラを取りに行った者が、ミイラを取ってくるどころか、自分がミイラにな
  ってしまうということ。つまり、人を連れ戻しに行った人が戻ってこないで、
  同じように連れ戻される立場になることや、説得に行った者が、かえって相手
  に説得されて、向こう側の者になってしまうこと。
  【ミイラ】[(ポルトガル)mirra]
   腐敗せずに原形を保っている死体。自然にそうなったもの、人手を加えてそ
   うなったものがある。人工的なものの多くは宗教的目的をもって遺体の腐敗
   を防ぐもので、エジプトなどに見られ、日本では即身仏と呼ばれる宗教者の
   ミイラがある。〔「木乃伊」はオランダ語mummieの漢訳語〕
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「箕売(ミウ)りが古箕(フルミ)」  −尾張いろはがるた
  箕を売る人が、自分は古い箕を使う。商売に熱心なあまり、自分のことがおろ
  そかになるということ。また、他人のために働いて、自分のことには手がまわ
  らないということ。
  【箕売り(みうり)】
   箕を売る人。
  【箕(み)】
   穀類をあおってふるい、殻・ごみを除く農具。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「身から出た錆(サビ)」  −江戸いろはがるた
  昔から、日本では刀は武士の魂と言われ、命と同じように大切にされました。
  ところがこの魂、少しでも手入れを怠ると、すぐにさやの中で錆が出ます。錆
  が出ればいざと言うときに役に立たず、自らの命を落としかねないということ
  。つまり、自分がした悪い行いのために、自分が災難を受けること。
◎「右の耳から左の耳」
  右の耳で聞いたことを左の耳から出してしまうということ。つまり、聞いたこ
  とを片端から忘れてしまうこと。頭には何も残っていないこと。
◎「御輿(ミコシ)を上げる」
  座り込んでいた者が腰を上げること。また、仕事に取りかかること。
◎「見ざる聞かざる言わざる」
  心を惑わすものや他人の欠点などについては、見たり、聞いたり、言ったりし
  ないということ。「ざる」を「猿」にかけて、両目、両耳、口をそれぞれの両
  手で覆った三匹の猿の像を「見猿聞か猿言わ猿」の「三猿(サンエン)」とい
  う。
◎「短(みじか)きものを端切る」
  もともと短いものを、更に切って短くすること。つまり、悪いことのうえに、
  更に悪いことが起こること。
◎「未熟の芸誇り」
  実力のない者に限って、やたらと自慢したがること。
◎「自ら知る者は人を怨まず」
  真に自分というものを知っている者は、自分の至らなさを自覚しているので、
  他人を怨んだりしない、ということ。
◎「水の価値なんて、
  少しも分からないだろうよ。
  本当に、
  井戸が枯れるまでは…」  −イギリスのことわざ−
  【英】We never know the worth of water’til the well is dry.
◎「水を飲む人は井戸を掘った人の恩を忘れない。」
 【原】喫水不忘[手穴乙]井人

        −瑞金(ズイキン)時代の毛沢東(モウタクトウ)主席の故事−
  瑞金城外有個小村子叫沙洲[土霸]。
  毛主席在江西領導革命的時候、
  在那兒住過。
  (瑞金の郊外には沙州[土霸]という名前の小さい村があります。
   毛主席が江西で革命を指導している頃、
   その辺りに住んでおられました。)
  村子裡沒有井、
  喫水要到很遠的地方去挑。
  毛主席就帯領戰士和郷親們[手穴乙]了一口井。
  (村には井戸がありませんでしたので、
   水を飲むためには、とても遠いところまで行って汲まねばなりません。
   そこで、毛主席は革命戦士と村人たちを連れて、井戸を一つ掘りました。)
  解放以後、
  郷親們在井旁邊立了一塊石碑、
  上面刻著:“喫水不忘[手穴乙]井人、時刻想念毛主席。”
  (解放以後、
   村人達は、井戸のそばに石碑を一つ立て、
   その上に刻みました。
   「水を飲む人は井戸を掘った人を忘れない、
    絶えず毛主席を懐かしく思う。」)
                             −小学一年課文−
  cf.
   繁体字(一部常用漢字)に直した文と訳。
  【瑞金(ずきん)】
   中国、江西省南部にある県。1931年から34年まで中国共産党の本拠地
   となり、中華ソビエト臨時政府が置かれた。ロイチン。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
  【課文】
   中国の教科書?
◎「未曾有(ミゾウ)」
  「未(イマ)だ曾(カツ)て有らず」と読み、歴史上今まで一度も起こらなか
  ったということ。今までに一度もなかった珍しいこと。
◎「味噌こしで水をすくう」
  味噌こしで水をすくおうとしても、水がこぼれるだけですくえない。つまり、
  骨を折っても効果のないこと。

「味噌こし」(^^;)
− 味噌こし −

◎「味噌の味噌臭きは食われず」
  熟成しきっていない味噌ほどいただけないものはない。つまり、むやみに専
  門家のようなふりをする人は、本当に専門の道に達した人ではない、という
  こと。また、そのような人は、人から嫌われるものだ、ということ。
◎「味噌を付ける」
  昔、火傷をすると味噌を付けたため、味噌を付けている人はしくじった人とみ
  なされた。また、味噌が器について見苦しいこととも言われたことから、失敗
  して恥をかくこと。また、面目を失なってしまうこと。
◎「三度(ミタビ)肘(ひじ)を折って良医となる」
                    −左氏伝(サシデン)・定公十三年−
  医者は自分で痛みや苦しさを知ってはじめて良医となれるということ。つまり
  苦しい経験を積んで初めて人間は、知識を身につけ深みやゆとりをもった人柄
  を築くことができるということ。
  【三度(みたび)】
   (1)三回。さんど。
   (2)数の多いことをいう。幾度も。何度も。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「見た目は本質じゃない。」 −イギリスのことわざ−
  【英】Show is not substance.
◎「三日先知れば長者」
  三日先、つまり、人より僅かでも先見の明があれば、誰だって長者になれると
  いうこと。つまり、先見の明を持つ人は少ないということ。
◎「三つ子の魂百まで」
  三歳の頃の魂は、百歳まで変わらない。つまり、持って生まれた性質や性格は
  一生変わらないということ。
◎「三つ子の横草履」
  幼い子が履き方も知らない草履をどんなふうにであれ履いてしまう。つまり、
  自分の能力以上の仕事をすること。
◎「実るほど頭が下がる稲穂かな」
  稲の穂は実が入ると重くなって垂れ下がってくるということ。つまり、学問や
  徳行が深まるほど、謙虚になるということ。
◎「身は身で通る」
                           −京都いろはがるた
  貴賤や貧富の差はあっても、人はその人の身に応じた生活をしていけるもので
  あるということ。また、人は自分本位に暮らすものであるということ。
◎「耳に胼胝(タコ)ができる」
  同じことを幾度も聞かされて、聞きあきていること。
  【〈胼胝〉/胝(たこ)】
   絶えず機械的刺激を受けたために、皮膚の表面が角質化して厚く固くなった
   もの。胼胝(べんち)。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「耳を洗う」
  世間の汚れた話を聞いたために耳も汚れてしまったので洗うということ。つま
  り、俗世間の栄達にとらわれない高潔な心でいること。
◎「魅力は美以上のもの。」
  【英】Charm is more than beauty.  −ユダヤのことわざ−
◎「見るは目の毒、
  聞くは気の毒」
  知らずにいればそれですむことも、見れば見たで心を悩ませ、聞けば聞いたで
  やはり、欲しくなったり、心を悩ませるということ。
  【気の毒(きのどく)】
   心を痛めること。
◎「身を修め、
  家庭を整え、
  国家を治め、
  天下を平和にする。」
 【原文】修身斉家治国平天下(シュウシンセイカチコクヘイテンカ)
                           −大学(ダイガク)
  身を修めて後、一家をまとめる事ができる。一家をまとめて後国家を治めるこ
  とができる。国家を治めて後天下を安定させることができるということ。
  天下を治めるために従わなければならない順序で、儒教の根本理念とされる。
  政治家を目指す人向けのような言葉ですがが、一般の人にもあてはまる言葉。
◎「みんなからの忠告に基づいて家を建てると出来た家はいびつになる。」
                         −デンマークのことわざ−
  周りの意見に惑わされることなく、自分の意志で動け、ということ。・・・