☆ 故事&ことわざ ☆ 


【 「き」の蔵 】
◎「聞いて極楽見て地獄」  −江戸いろはがるた
  話に聞いただけでは極楽のように思えるが、実際に見ると地獄のようであると
  いうこと。つまり、人から聞いた話と、自分で実際に見たのでは非常に差があ
  るということ。
  「江戸いろはカルタ」では、このことわざをを遊郭の世界としてとらえている
  。「遊郭は極楽だ。きれいな着物が着られて、お金まで手に入る。」と、人に
  聞かされ、あるいは人の口車にのって遊女になったところ、実際はそこは地獄
  のようなところで、さまざまな辛苦を味わわされる。昔の人々は、衣装を身に
  まとい簪をさした艶やかな女性の姿が描かれて絵柄からこのように理解してい
  たようです。しかし、このことわざがはじめから遊郭・遊女をイメージして生
  まれたものなのかどうかは明らかではありません。
◎「既往(キオウ)は咎(トガ)めず」
  過ぎ去った事は、いまさらとがめ立てても仕方がない。むしろ、将来を慎むこ
  とが大切であるということ。
  【既往(きおう)】
   過ぎ去った時。過去。また、すんでしまった事柄。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「機会が人を見捨てるよりも、
  人が機会を見捨てるほうが多い。」  ─フランスのことわざ−
◎「木から落ちた猿」
  これまで頼りにしていたものがなくなって、困惑してしまったということ。
◎「危機一髪」
  髪の毛一本で千鈞(センキン)の重さをつりあげるような極めて危険なこと。
  現在は、一つ間違えば危険に身をさらされようとする意味で用いられています
  。
  【鈞(きん)】
   中国、古代から明代まで用いられた質量単位。一鈞は三〇斤にあたる。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「忌諱(キキ)に触れる」
  人がいみ嫌っていることをしたり言ったりして、その人の機嫌を損ねること。
  【忌諱(きき)】(名)スル
   忌み嫌うこと。おそれはばかること。きい。
                    −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「危急存亡(キキュウソンボウ)の秋(トキ)」
       −諸葛亮(ショカツリョウ)・前出師表(ゼンスイシノヒョウ)
  危機が迫っていて、生き残れるか滅びるかの瀬戸際のこと。
  【危急存亡(ききゅうそんぼう)】
   〔諸葛亮前出師表」より。「ききゅうぞんぼう」とも〕危機が迫って、生
   き残るか滅びるかという重大な瀬戸際(せとぎわ)。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
  【秋(とき)】
   秋は万物が実る季節であることから、大切な時のこと。
◎「木くずを見て良工を知る。」  −イギリスのことわざ−
◎「聞くは一時の恥、
  聞かぬは一生の恥」
  or「聞くは一時の恥、
    聞かぬは末代(マツダイ)の恥」
  他人に聞くのが恥ずかしいからといって、知らないことをそのままにしておく
  と、一生知らないままになり、その恥は後の世までの大きいものになるという
  こと。
  【末代(まつだい)】
   (1)死んだ後の世。後世。
   (2)すえの世。末世。末法。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「聞けば気の毒見れば目の毒」
  聞けば聞いたで、見れば見たことで煩悩が生じて、心身の苦しみが多くなるこ
  と。
  【煩悩(ぼんのう)】
   〔仏〕人間の身心の苦しみを生みだす精神のはたらき。肉体や心の欲望、他
   者への怒り、仮の実在への執着など。「三毒」「九十八随眠」「百八煩悩」
   「八万四千煩悩」などと分類され、これらを仏道の修行によって消滅させる
   ことによって悟りを開く。染(ぜん)。漏。結。暴流(ぼる)。使。塵労。
   随眠。垢。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「騎虎(キコ)の勢い」  −隋書(ズイショ)・文献独孤皇后伝−
  虎に乗って走る者が途中で降りることができないこと。つまり、物事の勢いが
  盛んになって行きがかり上、途中でやめられないこと。また、やめるにやめら
  れない激しい勢いのこと。
  【騎虎(きこ)】
   虎の背に乗ること。
                     −三省堂提供「大辞林・第二版」−
◎「木七竹八塀十郎(キシチタケハチヘイジュウロウ)」
  木を切るには七月が、竹を切るには八月がよく、土塀を塗るのは十月がよいと
  いうこと。つまり、物には適した時機があるという昔の人の生活の知恵。
◎「雉(ギジ)も鳴かずばうたれまい」
  よけいなことを言わなければ災難にもあわないということ。
◎「帰心(キシン)矢の如し」
  自分の家や故郷に帰りたいという気持ちが非常に強いこと。
  【帰心(きしん)】
   家や故郷に帰りたいと思う心。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「傷口に塩」
  ただでさえ痛い傷口の上に塩を塗れば、沁(シ)みて一層痛くなる。つまり、
  悪いことの上に更に悪いことが起こって、辛さが増すこと。
◎「驥足(キソク)を展(ノ)ぶ」  −三国志・蜀志・ホウ統伝−
  名馬が全力を出して走る、ということから、すぐれた才能のある者が、十分に
  能力を発揮することのたとえ。
  【驥(き)】
   一日に千里を走る馬。駿馬(しゆんめ)。
  【驥足(きそく)】
   〔駿馬の足の意〕才能のすぐれた人物。
  【駿馬(しゅんめ)】
   足のはやい、すぐれた馬。しゅんば。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「吉事(キチジ)門を出(イ)でず」
  善行は人に知れ渡らないということ。
◎「狐その尾を濡らす」
  非力な子狐が川を渡る時、はじめは尾を高くあげて渡ろうとするが、そのうち
  疲れて水に濡らしてしまうということ。つまり、物事のはじめは易しいが、終
  わりが困難なこと。
◎「狐の嫁入り」
  狐火が燃えている時に雨が降ること。つまり、日が照っているのに小雨が降る
  天気、天気雨・日照り雨のこと。また、狐火が並ぶ様子を、狐の嫁入り行列の
  提灯に見立てていうこともある。
  【狐火(きつねび)】
   (狐の口から出るという)冬から春先にかけての夜間、野原・山間などに多
   く見られる奇怪な青白い火。鬼火。燐火。狐の提灯。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「昨日の友は今日の敵」
  昨日まで親しかった友が今日は敵になるということ。つまり、人の心は変わり
  やすく定まらないこと。
◎「昨日の錦今日のつづれ」
  昨日までは高級な錦の服を着ていた者が、今日は継ぎはぎの服を着るというこ
  と。つまり、栄枯盛衰の移り変わりの激しいこと。
  【綴れ(つづれ)】
   (1)破れた部分をつぎはぎした衣服。ぼろの衣服。襤褸(らんる)。つづ
      れごろも。
   (2)・・・(3)。。。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「昨日は人の身今日は我が身」
  他人にふりかかった災難や不幸が、いつ自分にもふりかかるかわからないとい
  うこと。
◎「機(キ)は得難くして失い易し」
  よい機会というものはなかなかめぐり合うことが難しいということ。また、た
  とえめぐり合えたとしても逃しやすいということ。
  【機(き)】
   (名)事の起こるきっかけ。機会。機縁。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「木仏金仏石仏」
  心の冷たい人や、にぶい人、融通の利かない人をたとえて言う言葉。
◎「疑問はあらゆる知恵の鍵。」  ーアラブのことわざー
◎「客と白鷺(シラサギ)は立ったが見事」
  立った姿が美しい白鷺と、客が席を立つこと。つまり、客はあまり長居せずに
  、早めに席を立つのが良いということ。

白鷺
− 白鷺 −

◎「窮鼠(キュウソ)猫をかむ」
  身動きがとれなくなった鼠(ネズミ)が、逆に猫にかみつくということ。つま
  り、たとえ弱い者でも、追い詰められて逃げ道がないようになると必死に抵抗
  するから、強い者を苦しめることがあるということ。
  【窮鼠(きゅうそ)】
   追い詰められて逃げ場を失った鼠(ねずみ)。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
  cf.
  【原文】「死すれば再びは生きず、窮鼠、貍(タヌキ)を齧(カ)む」
   「貍」には「やまねこ、野猫」という意味もあるようです。・・・
◎「行儀作法が人を作る」
  行儀作法の立派な人は、初めのうちはそうでなくてもだんだんと立派な人格が
  形成されていくものだ。
◎「今日考えて明日語れ」
  【原】Think today and speak tomorrow.
  軽率にものを言って、後悔しないように、ということ。
  よく考えてから発言せよ、ということ。
◎「行儀作法はしばしば運をもたらす。」  −ラテンことわざ−
◎「胸襟(キョウキン)を開く」
  心の中を隠すところなく打ち明けること。
  【胸襟(きょうきん)】
   心の中。胸中。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「京に田舎あり」  −京都いろはがるた
  賑やかな都にも田舎めいて不便な所があるということ。つまり、良い土地にも
  、悪い所があるということ。
◎「器用貧乏」
  器用な人は、そのために他人には重宝がられるが、自分は一つのことに打ち込
  めず、中途半端で大成できず結局、貧乏で終わること。
◎「今日の一針(ヒトハリ)
  明日の十針(トハリ)」
  今日縫えば一針ですむほころびも、明日になればほころびは広がり、十針縫わ
  なければならなくなるということ。つまり、しなければいけないことは後回し
  にせず、その時に行うのがよいということ。
◎「今日の青年の理想は、
  明日の全世界を支配する。」  −西洋のことわざ−
◎「京の夢大坂の夢」  −江戸いろはがるた
  夢の話をする前に唱える言葉。夢の中では「立身出世」も「蓄財」も思うまま
  であるということ。
◎「京へ 筑紫に 坂東さ」
  京都では「山へ行く」、九州では「山に行く」、関東地方では「山さ行く」と
  言う。地方によって方向を表す助詞の違いをいったもの。
◎「清水(キョミズ)の舞台から飛ぶ」
  昔、願いごとの成就を祈って、崖上の清水寺の舞台から飛び降りるという風習
  があり、それが由来で、非常な決意で思いきって物事を実行すること。
  【清水寺(きよみずでたら)】
   京都市東山区清水にある北法相宗の本山。山号は音羽山。798年、坂上田
   村麻呂が延鎮を開山として建立、鎮護国家の道場となる。平安時代、延暦寺
   と興福寺との抗争で、しばしば焼かれた。現在の堂宇は、徳川家光の再建。
   本堂の前面、懸崖上に張り出して設けられた板敷の部分は「清水の舞台」と
   して知られる。西国三十三所の第一六番札所。せいすいじ。
  【音羽山】
   (1)京都市東山区、滋賀県との境にある山。北は逢坂山に接し、南は醍醐
      山に続く。ホトトギスの名所。海抜593メートル。[歌枕]
   (2)京都、東山三十六峰の一。古来、紅葉の名所。中腹に清水寺があり、
      奥の院付近に音羽の滝がかかる。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
  【清水(きよみず)の舞台】
   舞台と呼ばれるとおり、清水寺のご本尊「十一面千手千眼観世音菩薩」に向
   かって舞を奉納するところ。
  cf.「音羽山 清水寺【公式ホームページ】」
     <http://www.kiyomizudera.or.jp/
◎「桐一葉」
  桐は他の木よりも早く秋の気配を感じて落葉する、ということから、1枚の桐
  の葉の落ちるのを見て、形勢の悪化、衰亡の兆しが現れたことの暗示とする。
◎「義理と褌」  −尾張いろはがるた
  「義理と褌かかねばならぬ」の略。
◎「義理と褌(フンドシ)かかねばならぬ」  −京都いろはがるた
  男は必ず褌を締めているように、人間は義理を欠かしてはいけないということ
  。
  カルタの絵は、男が自分の褌を鼻に近づけ臭いを嗅ごうとしている図です。褌
  の臭いを「嗅ぐ」と義理を「欠く」の語呂合わせかも?古い義理にうんざりし
  ていた庶民の声が聞こえるよう?
◎「木を見て森を見ず」
  部分だけを見て全体をつかめない様子を表すこと。
◎「槿花(キンカ)一日(イチジツ)の栄(エイ)」
 【原】「松樹千年終是朽、槿花一日自為レ栄」
                      −白居易(ハクキョイ)・放言−
  ムクゲ(アサガオ)の花が朝咲いて夕方にはしぼむように、この世の栄華のは
  かないこと。
  【槿花(きんか)】
   (1)ムクゲの花。朝開いて、夕方にしぼむので、はかない栄華にたとえる
      。
   (2)アサガオの古名。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
◎「禁制の果物はもっとも美味なり」
  食べる事をとどめられている果物は、普通の果物よりさらに美味である。
  いけないと言われていることは、非常におもしろい愉快な事が多い。
◎「禁断の木の実」  −旧約聖書(キュウヤクセイショ)
  【英】the forbidden fruit
  禁じられているが、とても魅力的な快楽こと。
  アダム(Adam)とイヴ(エヴァとも、Eve)は旧約聖書の創世記に登場
  する最初の人間。創世記には神による二人の創造からアダムの死までが書かれ
  ている。
  神は塵(アダマ)から人(アダム)を作り、エデンの園を管理させる。
  アダムが動物の中で自分に合うふさわしい助け手をみつけらなかったので、神
  はアダムを眠らせ、あばら骨の一部をとって女をつくった。
  アダムは女を見て喜び、男(イシュ)からなったものという意味で女(イシャ
  ー)と名づけた。中世においてはこの部分の記述から「男のあばら骨は女より
  一本少ない」と真剣に考えられていた。
  創世記の記述によればエデンは「東の方」(2:8)にあり、アダムは園を管
  理するため、そこにおかれた。そこでは食用果実の木がたくさん生えており、
  園の中央には命の木と善悪の知識の木があった。
  また、エデンから流れ出た1つの川は、四つの川(ピション川、ギホン川、チ
  グリス川、ユーフラテス川)に分かれていた。
  神はアダムとイブが禁じていた善悪の知識の木の実を食べたことから、命の木
  の実をも食べることをおそれ、エデンの園を追放する。命の木を守るため、神
  はエデンの東にケルビムときらめく剣の炎をおいた。
  神が園の中央にある善悪の知識を知る木の実のみは食べてはならないと命じら
  れていたにもかかわらず、蛇の誘いに乗って女が実をたべ、男も渡されて食べ
  る。
  二人は自分たちが裸であることを恥じるようになり、いちじくの葉で腰をおお
  う。
  神はこれを見て怒り、蛇を呪い、女性に出産の苦しみ、男性に労働の苦しみ、
  人間には限りある命を与えた。
  アダムは女がすべての命の母となったことから、命(エヴァ)と名づける、神
  は二人に皮の衣を着せて楽園から追い出した。
  エデンの園をおいだされた二人の間にはカインとアベルの兄弟が生まれる。カ
  インは怒りからアベルを殺したため、神によってさすらいの旅へと送り出され
  る。
  さらにアダムとエヴァの間にはエノクとセトという兄弟が生まれる。アダムは
  930歳で死んだ。エヴァの死について聖書には記述がない。
  善悪の知識を知る木の実はよく絵画などにりんごとして描かれているが、聖書
  には何の果実であるかという記述はない。
      −フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より−
◎「金時(キントキ)の火事見舞い」
  元々顔の赤い金時(金太郎)が火事見舞いに行ったら、益々顔が赤くなるとい
  うこと。つまり、顔が非常に赤いこと。主に、酒を飲んで赤くなった顔などの
  こと。
  【金時(きんとき)】
   坂田金時のこと。金太郎。
  【坂田金時(さかたのきんとき)】
   〔名は「公時」とも書く〕平安中期の武将。源頼光の四天王の一人とされる
   。実在の人物ともいわれるが未詳。今昔物語や中世説話、御伽草子・浄瑠璃
   ・歌舞伎などで豪勇無双の武者として描かれる。伝承では山姥の子で相模国
   足柄山で育ったという。幼名を金太郎、また浄瑠璃・歌舞伎では快童丸とい
   う。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−