「犬山城〔白帝(はくてい)城)」(愛知・犬山市/07.10.07)
「犬山城〔白帝(はくてい)城)」(愛知・犬山市/07.10.07)
「犬山城〔白帝(はくてい)城)」(愛知・犬山市/07.10.07) 「犬山城〔白帝(はくてい)城)」(愛知・犬山市/07.10.07)
「犬山城〔白帝(はくてい)城)」(愛知・犬山市/07.10.07)
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「犬山城〔白帝(はくてい)城)」(愛知・犬山市/07.10.07)
「犬山城〔白帝(はくてい)城)」(愛知・犬山市/07.10.07) 「犬山城〔白帝(はくてい)城)」(愛知・犬山市/07.10.07)

「犬山城〔白帝(はくてい)城)」
(愛知・犬山市/07.10.07)

層塔型複合式平山城現存天守国宝

【犬山城〔白帝(はくてい)城)】
 犬山市にある平山城。同地には古く永享年間(1429−1441)築城の斯波氏の城があったが、1469年には織田近広が現城域内の一部に築城。1537年現在地に織田信康が築城。織田・豊臣の大名が城主となり、江戸時代には平岩氏・成瀬氏がはいる。天守(国宝)が現存。白帝城。 −三省堂提供「大辞林第二版」−

(補足)
 戦国時代の天守が現存しており、1935年に国宝保存法に基づき当時の国宝(旧国宝)に指定、1952年には文化財保護法に基づき、あらためて国宝(新国宝)に指定されている。
 また、廃藩置県の際に払い下げられた建造物として、矢来門が専修院東門に、黒門が徳林寺、松ノ丸門が千秋寺、内田門と伝わる城門が瑞泉寺にそれぞれ移築され現存する。また、どこの門かは不明であるが、幾つかの城門が蓮善寺他に移築現存する。
 別名を白帝城といい、三国志の劉備が臨終を迎えたことで有名な白帝城にちなみ、荻生徂徠が命名したと伝えられる。白帝城が長江沿いにあるように、犬山城も木曽川沿いにあることがその別名の由来である。  2004年3月までは日本で唯一の個人所有(初代成瀬正成の子孫・成瀬正肥)の城でしたが、同年4月に財団法人「犬山城白帝文庫」に移管されました。

現存する最古の天守は重厚でべ〜やん好みの天守でした。o(*^▽^*)o~♪石垣の中=地下2階登り、二槽の上に櫓ののったような4階から眺める木曽川が躍動感があり最高でした。また、木曽川対岸から見た犬山城も、天守の背後の木曽川が自然の要害となっているのが良くわかり、すばらしい景観です。