上毛がるた
【い】
◎「伊香保(イカホ)温泉日本の名湯」
  榛名山(ハルナサン)の中腹にある伊香保は、日本全国にその名を知られた温
  泉地です。泉質は塩酸性含鉄炭酸泉で、胃病や貧血・婦人病などに効果がある
  とされています。古くは万葉集ににも詠われ、明治にベルツ博士の温泉療法に
  よって広く知られるようになりました。
【ろ】
◎「老農船津傳次平」
  船津傳次平(船津伝次平/ふなつでんじべえ)は、明治時代の日本三農の一人
  といわれ、現在の東京大学農学部の前身である駒場農学校の教授を務め、日本
  全国を廻り日本の農事改良と普及に努めました。現在の富士見村の原ノ郷に生
  まれ、勤勉で何事にも研究心を持ち、赤城山の植林も手がけました。
【は】
◎「花山公園つつじの名所」
  県立のつつじが丘公園は、尾曳城(オビキジョウ)の城跡の堀である城沼に沿
  って設けられた公園です。2000株の300年以上と言われるツツジと合わ
  せて5000株のツツジが植えられ、春には多くの来場者で賑わいます。
【に】
◎「日本で最初の富岡製糸」
  明治時代は日本の輸出産業の花形が生糸でした。明治政府がその生糸の製糸技
  術の改良のため、富岡に官営の工場を建て、フランスより技師ブリュ−ナを招
  き、日本の製糸業の基礎となりました。
【ほ】
◎「誇る文豪田山花袋(タヤマカタイ)」
  明治四年田山花袋は、群馬県館林市に生れた文学者で、代表作に「蒲団」や「
  田舎教師」などがある。自然主義文学を唱え、同人には島崎藤村や国木田独歩
  などがいる。
【へ】
◎「平和の使徒新島襄(ニイジマジョウ)」
  安中藩の江戸屋敷に生まれた新島襄は、米国で学び帰国後、明治8年京都に同
  志社を創設しました。キリスト教の教えを基にした教育を通じ、多くの青年立
  ちを世に送り出しました。群馬県安中市には、新島襄に因んで新島学園高校が
  あります。
【と】
◎「利根は坂東(バンドウ)一の川」
  群馬県の北部上越国境の大利根岳に源流を発し、関東平野を横切り160km
  を流れる川です。支流も多く、水量も多い日本有数の大河です。

  【坂東(ばんどう)】
   関東地方の古名。足柄峠・碓氷(うすい)峠の坂より東の地の意。東国。東
   (あずま)。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
【ち】
◎「力あわせる二百万」
  群馬県の人口は約200万人で、お隣の栃木県とほぼ同数の人達が住んでいま
  す。細長い日本のちょうど真ん中に位置していて、気候にも恵まれ台風に遭う
  ことも、豪雪にみまわれることもなく比較的穏やかで、日照時間は日本1・2
  を争う土地柄です。
【り】
◎「理想の電化に電源群馬」
  坂東太郎(バンドウタロウ)の名の通り水量の多い利根川を利用した水力発電
  所が盛んに開発され、戦後の電力需要を賄ってきました。その最大出力を有す
  るのは玉原発電所で、1,200,000kw、次が八木沢発電所の240,
  000kwと続き、水力発電の合計は2,191,020kwで首都圏へ贈られ
  ています。最近は風力や太陽光の発電も行われるようになってきています。

  【坂東太郎(ばんどうたろう)】
   〔坂東にある、第一の大河、の意〕利根川の異名。
   →【筑紫二郎】
     筑後(ちくご)川の異名。筑紫三郎とも。
   →【四国三郎】
     吉野川の異名。四国二郎とも。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
【ぬ】
◎「沼田城下の塩原太助」
  沼田の隣町、新治村に生まれ、江戸の薪炭商山口屋の下男となり、勤勉さから
  主人の援助で店を構え、勤勉節約で財産を作り、公共に尽くした。講談で有名
  。
【る】
◎「ループで名高い清水トンネル」
  関東と新潟をつなぐ上越線、その鉄道が川端康成の「雪国」の国境を越えるト
  ンネルが清水トンネルです。標高600mの高さで、上り(清水トンネル)9
  ,702m、下り(新清水トンネル)13,500mの長さで日本第3位の長
  さです。
【を】
 (なし)
【わ】 ◎「和算(ワサン)の大家関孝和(セキタカカズ)」
  江戸時代に流行した和算の関流の創始者である関孝和は、群馬県内にも多くの
  弟子を抱え、斎藤宣義や萩原禎助などの逸材を育てた。難問が解けるとそれを
  発表するとともに、神に感謝する意味で神社に算額を掲げた。

  【和算(わさん)】
   日本古来の数学。特に江戸時代、関孝和の流れをくむ関流の数学が画期的な
   発展を示し、方程式論・行列式などを含む点竄術(てんざんじゆつ)や、円
   周率・定積分などを扱う円理など、非常に高い水準をみせたが、明治以降、
   西洋数学が取り入れられるに及んで衰退。〔明治期以降の呼称〕→洋算
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
【か】
◎「関東と信越つなぐ高崎市」
  昔は中仙道や越後街道・例幣使街道(レヘイシ)などが通り、今は国道17号
  線が通り、18号線の基点でもあり、また上越新幹線や上越線・信越線・高崎
  線などの終基点と、高崎市は群馬県の交通の要所であることを表しています。
【よ】
◎「世のちり洗う四万(シマ)温泉」
  群馬県の北、吾妻郡中之条町の北部、四万(シマ)川の上流にその清流に沿っ
  て山間にある温泉です。千年の歴史を持つ四万温泉のお湯は、無色透明の塩類
  泉で、飲む事で胃腸に効果があり、入浴することで切り傷や皮膚病に効くと言
  われています。
【た】
◎「滝は吹き割り片品(カタシナ)渓谷」
  群馬県北部を流れる片品(カタシナ)川にある滝で、尾瀬や日光への通り道で
  もあることから沢山の観光客の訪れる地となっています。
【れ】
◎「歴史に名高い新田義貞」
  大塔宮護良親王の令旨を受け挙兵し、鎌倉幕府を倒し、武家よりの南朝 後醍
  醐天皇政権の立て役者。
【そ】
◎「そろいの仕度で八木節音頭」
  八木節は古くからの農村娯楽でしたが、明治から大正時代に現在の節回しと成
  りお囃子も整い、例幣使(レヘイシ)街道沿いの夏祭りの行事となりました。
【つ】
◎「つる舞う形の群馬県」
   群馬県は、県境の形が空を舞う鶴に似ていることを言ったものです。
【ね】
◎「ねぎとこんにゃく下仁田名産」
  妙義山に近い山懐にある町下仁田では、多くの農産物を生産していますが、な
  かでも、葉も茎の太いねぎは、下仁田ねぎとして有名です。また、最近の健康
  ブームで脚光を集めるこんにゃくも、古くから名産として各地に出荷されてい
  ます。
【な】
◎「中山道しのぶ安中杉並木」
  国道18号線の安中市街を過ぎた所に大きな杉の並木があります。これは江戸
  幕府が出来、街道が整備された時に作られた杉並木で、有名な日光杉並木と同
  じ頃のものです。その杉も年々枯れ、今はわずかですが、当時は約1kmにわ
  たっていたと言われています。
【ら】
◎「雷(ライ)と空風義理人情」
  平野部と山岳部の境目では、夏には南からの風による上昇気流により、雹(
  ヒョウ)や雷を伴なうことがあります。冬には北からの雪を降らせた乾いた
  風が吹きます。群馬県の地形が産み出す自然を言ったものです。

  【雷(らい)】
   かみなり。いかずち。[季]夏。
  【空風/乾風(からかぜ)】
   からっかぜ。[季]冬。
                     −三省堂提供「大辞林第二版」−
【む】
◎「昔を語る多胡の古碑」
  九つある国の特別史跡の古碑の中で、群馬県にある三つ(上野三碑)の一つで
  、和銅四(711)年に多胡郡が置かれた建郡の碑です。他に山ノ上の碑・金
  井沢の碑が近くには集まっていて、この地域に古代文化が栄えていた事を示し
  ています。
【う】
◎「碓氷(ウスイ)峠の関所跡」
  今は横川・軽井沢間が廃線となってなってしまったJR信越線の、横川駅から
  すぐのところにこの関所跡があります。昌泰2(899)年盗賊取締りのため
  設置され、江戸時代にこの地に移動されたものです。今でも門柱・門扉はその
  時代からのもので総欅(ケヤキ)で出来ています。
【ゐ】
 (なし)
【の】
◎「登る榛名(ハルナ)のキャンプ村」
  榛名山は赤城山とともに、関東平野の奥にある独立峰で、その姿の美しさも競
  っています。中央火口丘に榛名冨士、外輪山に相馬山、天目山、掃部ヶ岳、烏
  帽子岳などを持ち、大きな火口湖の榛名湖を有する複式火山です。湖畔には多
  くの保養所と近くに伊香保温泉があります。
【お】
◎「太田金山子育呑龍(ドンリュウ)」
  東群馬の中心都市太田市にある金山(カナヤマ)には、新田氏の後を継いだ由
  良氏の築いた城跡と新田神社がある。子育てで有名な大光院は呑龍上人により
  開かれたお寺です。

  【呑龍上人(どんりゅうしょうにん)】
   弘治2(1556)年〜元和9(1623)年。武蔵野国埼玉郡の生まれ。
   芝増上寺で修行した後、八王子の大善寺の住職を務める。将軍徳川家康の命
   により、上州太田の大光院を建立する。貧しい子供を手厚く保護したことか
   ら、「子育て呑龍」と呼ばれる。
   呑龍上人が還暦の年、親の病気を治そうと、国禁を犯し鶴を殺した少年を匿
   い罪人となり、少年を伴い逃走。その後、恩師であり、日本国最高の僧侶で
   あった観智国師の遺言によって赦免となり、66歳の春に大光院に帰山する
   。元和9年、病床にあった上人は、「9日の正午は往生の時であろう。雷鳴
   がとどろくが、それは往生のしらせである」と弟子たちに言い残す。9日の
   正午、雷鳴がとどろく中、息を引きとったそうです。
【く】
◎「草津よいとこ薬の温泉」
  白根山の麓に、昔からの名湯で日本全国に知られた温泉の町「草津」。江戸時
  代には湯治客で賑わい、その湯治客の為に街道ができたほどです。
【や】
◎「耶馬渓(ヤバケイ)しのぐ吾妻峡(アガツマキョウ)」
  利根川の支流である吾妻川の中流、川原湯温泉から下流に4kmあまりにわた
  り、狭く深く清流にえぐられた渓谷です。弁天島や紅葉岩・若葉台などの十景
  があります。
【ま】
◎「繭(マユ)と生糸は日本一」
  明治時代の日本の重要な外貨獲得産品一つであった絹織物と生糸は、群馬県が
  主要生産県でした。明治3(1870)年に前橋藩士の手で機械製糸が始めら
  れてました。富岡に官営の製糸工場ができ、民間の製糸会社も沢山有ったと言
  います。
【け】
◎「県都前橋生糸の市」
  江戸時代に酒井・松平の領地として栄えた城下町で、製糸業の中心地でもあり
  ました。明治からは輸出生糸の生産地として有名になりました。詩人萩原朔太
  郎のふるさとでもあり、現在は群馬県の県庁所在地です。
【ふ】
◎「文福茶釜の茂林寺(モリンジ)」
  「茶釜に化けた狸がいろいろな悪さをする」と言う昔話があります。その話の
  元になったお寺が館林市の南に位置する茂林寺です。参道では多くのお店が狸
  の置き物を並べ、境内でも多くの狸の像が並んでいます。
【こ】
◎「心の灯台内村鑑三(ウチムラカンゾウ)」
  内村鑑三は、高崎藩に生れ、札幌農学校と米国の大学に学んだ宗教家です。キ
  リスト教者となり、聖書の研究と著述に没頭し、世界的な著書「如何にして基
  督教者となりしか」を残しました。また、非戦論(ヒセンロン)者で日露戦争
  に反対しました。

  【非戦論(ひせんろん)】
   争および武力による威嚇や武力の行使を否認し、戦争ではない手段・方法に
   よって問題を解決し、目的を達成しようという主張、社会運動です。
【え】
◎「縁起だるまの少林山」
  願いを込めて片目を入れる事で有名な福だるまは、正月6日の少林山のほしま
  つりにだるま市が開かれ、福運を願う多くの人々で賑わいます。この事は養蚕
  や機織地の風習と言われています。少林山達磨寺は江戸中期、中国から渡来し
  た東皇心越禅師による開山とされ、正式名称を黄檗宗鳳台院達磨寺と言い、北
  斗七星を神格化した北辰鎮宅霊符尊を祭っています。
【て】
◎「天下の義人(ギジン)茂左衛門」
  寛文四年、領主真田伊賀守信直の悪政を江戸に直訴し、願いは聞き届けられた
  が、妻子とともに磔の刑に処せられた杉本茂左衛門を祭った千日堂が月夜野町
  にあります。

  【義人(ぎじん)】
   義に対して忠実な人。自分を捨てて、正義に殉ずる人。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
【あ】
◎「浅間のいたずら鬼押し出し」
  浅間山は群馬県と長野県の県境にある山で、日光白根山に次いで、群馬県内第
  2位の高さの山です。今でも白い噴煙を上げる活火山です。天明の大噴火は有
  名で、その時に流れ出た溶岩は浅間の東北部に広がり、今でも黒く「鬼押し出
  し」として観光地となっています。

  【浅間山の鬼押出し】
   天明3(1783)年の浅間山噴火によって生まれた、溶岩の芸術です。「
   火口で鬼があばれ岩を押し出した」という当時の人々の噴火の印象が、この
   名前の由来となっています。
【さ】
◎「三波石(サンバセキ)と共に名高い冬桜」
  神流(カンナ)川を堰き止める下久保ダムの下流約1kmにわたり、石の色が
  溶け出したような青い水と両岸の青緑の岩の一帯がある。この緑青岩は三波石
  と呼ばれ庭石として全国的に有名です。近くの桜山と呼ばれる虚空蔵山(コク
  ウゾウサン)に咲く、小さく薄いピンクの寒桜の花は珍しいものです。

  【三波石(さんばせき)】
   群馬・埼玉の県境を流れる神流(かんな)川中流の峡谷に見られる美しい結
   晶片岩。天然記念物。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
【き】
◎「桐生(キリュウ)は日本の機(ハタ)どころ」
  桐生は織物の町として1200年以上の歴史を残し、西の西陣東の桐生と言わ
  れています。群馬大学工学部は大正4年、桐生高等染織学校を前身とする他、
  織物に関係の深い施設が今も残っています。
【ゆ】
◎「ゆかりは古し貫前(ヌキサキ)神社」
  安閑天皇元(525)年の草創と言われ、上野一ノ宮として崇拝されています
  。建物は国の重要文化財に指定されています。
【め】
◎「銘仙(メイセン)織出す伊勢崎市」
  桐生と並び、江戸時代より県内二大絹織物の生産地である伊勢崎市。その織物
  は「伊勢崎銘仙」と呼ばれ、「太織り」として江戸でもてはやされました。

  【銘仙(めいせん)】
   平織りの絹織物の一。たてに絹糸、よこに玉糸を用いたものが多い。丈夫で
   安価なことから女性の普段着、夜具地などに用いられた。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
【み】
◎「水上(ミナカミ)、谷川スキーと登山」
  上越国境にそびえる谷川岳は、一ノ倉のロッククライミングや、関東でいち早
  く滑る事が出きる天神平スキー場などで有名です。谷川岳はオキノ耳(1,9
  77m)とトマノ耳(1963m)とを指し、一帯を谷川連峰と呼んでいます
  。秋には紅葉狩り、冬にはふもとの温泉と一年を通し賑わっています。
【し】
◎「しのぶ毛の国二子塚」
  群馬県と栃木県は、奈良時代以前には毛野(ケヌ)の国と呼ばれ、現在の前橋
  市総社町にその国分寺がありました。この周辺を中心に、群馬県には8000
  基を越える古墳があります。この中のひとつ総社二子山古墳は、全長91m、
  円墳経44m、二段の封土の高さは9mと大きく、更に前方と後円ともに石室
  を持つ珍しい古墳です。
【ゑ】
 (なし)
【ひ】
◎「白衣(ビャクエ)観音慈悲の御手」
  高崎市の西、観音山の上に立つ観音像は、地元では観音様と呼ばれ、はじめて
  の人は驚くほどの高さで、高崎市を見守っています。高さは41.8mで日本
  一です。重さは5,985トンのコンクリート製で、昭和11年10月に高崎
  板紙株式会社の創設者、井上保三郎によって建立されました。

  【白衣観音(びゃくえかんのん)】
   〔仏〕胎蔵界曼荼羅(まんだら)観音院の外列最下に位置する観音。三十三
   観音の一ともされる。大白衣観音。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
【も】
◎「紅葉(モミジ)に映える妙義山」
  妙義山は、群馬県下仁田町・富岡市・安中市にまたがる標高1104mの山で
  す。赤城山、榛名山と共に上毛三山の一つに数えられます。急勾配の斜面と尖
  った姿が特徴的で日本三大奇形の一つです。妙義山は、白雲山・金洞山・金鶏
  山・相馬岳・御岳・丁須ノ頭などを合わせた総称で、南側の表妙義と北側の裏
  妙義に分かれています。特に下仁田側から眺望できる金洞山は別名中之嶽と呼
  ばれ、親しまれてきました。奇岩がいたるところに見られる妙義山の中でも中
  之嶽の景色は圧巻で、中腹を巡る第1石門から第4石門を始め、ロウソク岩・
  大砲岩・筆頭岩・ユルギ岩・虚無僧岩といったユニークな名前の岩石群は日本
  屈指の山岳美と讃えられています。石門巡りコースは中之嶽神社が発着点とな
  っています。妙義山東面中腹には荘厳な妙義神社が建立されています。

  【《紅葉》/〈黄葉〉(もみじ)】
   〔古くは「もみち」〕秋の終わりごろ、木の葉が赤や黄などに変わること。
   また、色づいた葉。[季]秋。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
【せ】
◎「仙境(センキョウ)尾瀬沼花の原」
  尾瀬は群馬・新潟・福島の3県にまたがる広大な山懐に囲まれた自然の宝庫で、
  特別天然記念物に指定され大切に保護されています。燧が岳の噴火で堰き止め
  られて出来た湖である尾瀬沼と同様に出来た湿原の尾瀬ヶ原周辺には、多くの
  貴重な高山植物が5月の下旬から9月にかけてみることが出来ます。

  【仙境/仙郷(せんきょう)】
   (1)仙人の住む土地。
   (2)俗界を離れた清浄な土地。
                      −三省堂提供「大辞林第二版」−
【す】
◎「裾野は長し赤城山」
  赤城・榛名・妙義を上毛三山と言い、中でも遠く裾野を引く赤城は群馬県の象
  徴の山といえます。複式火山で、中央火口丘の地蔵岳、赤城の最高峰の黒檜山
  、外輪山に鈴ヶ岳、荒山、長七郎山などがあます。山上には大沼(オノ)・小
  沼(コノ)があり、夏のボートや秋の紅葉、冬のスケートやワカサギつりで賑
  わいます。
【京】
 (なし)