
「福知山城」
(京都・福知山/07.04.15)
江戸時代には福知山藩の居城でした。
もとは小笠原長清の末裔とされる塩見頼勝が、室町時代後期に同地に築城した横山城という掻上城(かきあげじょう)でした。
1579(天正7)年に明智光秀は丹波国を平定すると、これを福智山城と改名、近世城郭へと大修築したものです。(城代は藤木権兵衛・明智秀満)
尚、江戸時代の城主、朽木氏により「福知山」に改められました。
本丸の石垣と、二の丸から本丸に移築された銅門脇番所(多聞櫓)は当時のものですが、現在の天守は1985(昭和60)年に復元されたもの(市郷土資料館)です。
市街地を一望する福知山盆地の中央に突き出た丘陵地にあり、その地形の姿から別名・臥龍城と呼ばれています。
地図(Mapion):http://www.mapion.co.jp/c/f?grp=link&uc=1&scl=25000&icon=map_icon_11,0,,,,&coco=35/17/37.716,135/07/56.723&nl=35/17/37.716&el=135/07/56.723&BT=%CA%A1%C3%CE%BB%B3%BE%EB&BL=%CC%E1%A4%EB&BU=http%3A%2F%2Fwww.be-yan.net%2Fi%2FCastle%2Ffukuchiyamajou070415.html&bid=Mtool
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