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− ソビエト連邦(現ロシア)の人工衛星・探査機 −

世界初の人工衛星   スプートニク1号
月探査機   無人月探査計画
ルナ計画
無人月探査機
ゾンド計画
 
惑星探査機   火星探査機
マルス計画
金星探査機
ベネラ計画
金星・彗星探査機
ベガ計画
火星探査計画
フォボス計画
火星探査機
マルス96計画
      衛星フォボス探査
フォボス・グルント

[ 世界初の人工衛星:太陽観測 ]

世界初の人工衛星「スプートニク1号」(Спутник-1(ロシア語で衛星の意))/画像著作権:NASA

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世界初の人工衛星スプートニク1号」  
 (Спутник-1(ロシア語で衛星の意)) 】
 ソ連が1957年10月4日に打ち上げた世界初の人工衛星。重量は83.6k
g。世界初の人工衛星・スプートニク1号は、コンスタンチン・E・ツィオルコフス
キーの生誕100年と国際地球観測年に合わせて打ち上げられた。科学技術的に大
きな成果であるのみではなく、スプートニク・ショックを引き起こし、米ソの宇宙
開発競争が開始されるなど、冷戦期の政治状況にも影響を与えた。
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[ 月探査機 ]

ルナ計画(Программа Луна)/画像著作権:NASA
Luna 1
ルナ計画(Программа Луна)/画像著作権:NASA
Luna 2

ルナ計画(Программа Луна)/画像著作権:NASA
Luna 3
ルナ計画(Программа Луна)/画像著作権:NASA
Luna 9
ルナ計画(Программа Луна)/画像著作権:NASA
Luna 10
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Luna 11
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Luna 12
ルナ計画(Программа Луна)/画像著作権:NASA
Luna 13
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Luna 14
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Luna 16
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Luna 17
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Luna 19
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Luna 20
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Luna 21
ルナ計画(Программа Луна)/画像著作権:NASA
Luna 22
ルナ計画(Программа Луна)/画像著作権:NASA
Luna 24
ルナ計画 (Программа Луна) 】
 ソビエト連邦の無人月探査計画である。1959年から1976年までの間に、
ルナ1号からルナ24号までを月に送った。他に19機の打ち上げ失敗機もあるの
で、ソ連は1958年から1976年の間に、
ゾンド計画を除いて合計43機の月
探査機を打ち上げたことになる。

ミッションの一覧
名称 打上
年月日
型式 目的 成果(備考)
命名なし 1958.9.23 E-1 衝突  打ち上げ失敗
1958.10.11
1958.12.4
ルナ1号 1959.1.2  1月4日に月から6000kmを通過。
命名なし 1959.6.18  打ち上げ失敗
ルナ2号 1959.9.12  9月14日に世界で初めて月面に到達。
ルナ3号 1959.10.4 E-3 フライバイ  10月7日に世界で初めて月の裏側を撮影。
命名なし 1960.4.15  打ち上げ失敗
1960.4.16
スプートニク25号 1963.1.4 E-6 軟着陸  地球周回軌道から離脱できず。
命名なし 1963.2.3  打ち上げ失敗
ルナ4号 1963.4.2  軌道修正に失敗。月から8400kmを通過。
命名なし 1964.3.21  打ち上げ失敗
1964.4.20
コスモス60号 1965.3.12  地球周回軌道から離脱できず。
命名なし 1965.4.10  打ち上げ失敗
ルナ5号 1965.5.9  減速に失敗し月面に衝突。
ルナ6号 1965.6.8  軌道修正時にロケットが異常噴射し月を16万km外れた。
ルナ7号 1965.10.4  減速のタイミングが早すぎたため月面に衝突。
ルナ8号 1965.12.3  減速が遅すぎたため月面に衝突。
ルナ9号 1966.1.31  2月3日に世界初の月軟着陸。月面のパノラマを送った。
コスモス111号 1966.3.1 E-6S 周回  地球周回軌道から離脱できず。
ルナ10号 1966.3.21  4月3日、世界で初めて月を周回。56日間活動した。
ルナ11号 1966.8.24 E-6LF  8月28日に月周回軌道へ投入。33日間活動した。
ルナ12号 1966.10.22  10月25日に月周回軌道へ投入。85日間活動した。
ルナ13号 1966.10.21 E-6M 軟着陸  12月24日に月面へ軟着陸。写真撮影や土壌の調査。
コスモス159号 1967.5.16 E-6LS 周回  周回 地球周回軌道から離脱できず。
命名なし 1968.2.7  打ち上げ失敗
ルナ14号 1968.4.7  4月10日に軌道投入。通信の実験など。
命名なし 1969.2.19 E-8 月面車  打ち上げ失敗
1969.6.14 E-8-5 土壌
回収
ルナ15号 1969.7.13  7月17日月周回軌道投入。7月20日に月着陸を試みるも失敗。
コスモス300号 1969.9.23  地球周回軌道から離脱できず。
コスモス305号 1969.10.22
命名なし 1970.2.6  打ち上げ失敗
ルナ16号 1970.9.12  9月17日月周回軌道へ投入。9月20日に軟着陸に成功。
 9月24日に101gの月の土壌を載せたカプセルが地球へ帰還した。
ルナ17号 1970.11.10 E-8 月面車  11月15日月周回軌道へ投入。
 11月17日に軟着陸に成功。その後月面車ルノホート1号が11ヶ月間活動した。
ルナ18号 1971.9.2 E-8-5 土壌
回収
 9月7日月周回軌道へ投入。9月11日、着陸を試みるも失敗。
ルナ19号 1971.9.28 E-8LS 周回  10月3日に月周回軌道へ投入された。1972年10月ごろまで活動。
ルナ20号 1972.2.14 E-8-5 土壌
回収
 2月18日月周回軌道へ投入。2月21日に軟着陸に成功。
 2月25日に30gの月の土壌を載せたカプセルが地球へ帰還する。
ルナ21号 1973.1.8 E-8 月面車  1月12日周回軌道に投入され、1月15日に軟着陸に成功。
 月面車
ルノホート2号が5ヶ月間にわたって活動する。
ルナ22号 1974.5.29 E-8LS 周回  6月2日に月周回軌道に投入された。1975年9月まで活動。
ルナ23号 1974.10.28 E-8-5 土壌
回収
 11月2日周回軌道へ投入。11月6日に着陸を行う。探査機が損傷したため土壌を採取できなかった。
命名なし 1975.10.16  打ち上げ失敗
ルナ24号 1976.8.9  8月13日月周回軌道へ投入。8月18日に軟着陸に成功。
 8月22日に170gの月の土壌を載せたカプセルが地球へ帰還する。

型式
 ルナ計画で使用された探査機の種類は10にも及んだ。重量は1号では361kgだったも のが年
を追うごとに巨大化し、最終的には5tを超える巨大な物まで打ち上げられた。打ち上げに使用され
たロケットも、
ボストークロケットモルニヤロケットプロトンロケットと移り変わっていった。
型式 備考
初期型
 ここではボストークロケットによって打ち上げられた型式を初期型としてい
る。重量はいずれも数百kgで、後の型と比べて小型で単純な構造をしていた。
E-1  ルナ1号ルナ2号で使用。月への衝突を目的とする。球体に観測機器やアンテナが突出していた。磁力計やガイガーカウンターを搭載し、月と地球の間の宇宙空間の観測を行った。ルナ1号は月から6000kmの距離を通過するに終わったが、ルナ2号は世界で初めて月面に到達した人工物となった。
E-3  ルナ3号で使用。月をフライバイし、月の裏側を撮影する。先端が半球状になった円筒形のボディを持ち、内部にはカメラ・現像装置・スキャナーから構成される撮影システムを備えていた。重量はE-1型より軽かった。ルナ3号が世界で初めて月の裏側を写真撮影することに成功し、目標は達成された。
中期型 (E-6シリーズ)
 モルニヤロケットで打ち上げられた型式で、重量は1.5t前後だ
った。減速用ロケットエンジンを搭載したユニットに着陸機や軌道船
が結合するという構成になっており、設計の共通化が図られた。 
E-6  ルナ4号ルナ5号ルナ6号ルナ7号ルナ8号ルナ9号で使用。ルナの名前が与えられていないこの型式の探査機として、スプートニク25号コスモス60号がある。世界初の月面軟着陸を目指した。着陸機は脚を持たない球形のカプセルで、着陸前に飛行ステージによって減速を行い、エアバッグによる着陸を行った。着陸後はカプセルの半分が花びらのように展開し、周辺の写真を撮影して送信した。ルナ8号までは全て失敗したが、ルナ9号で世界初の月軟着陸が達成された。
E-6S  コスモス111号ルナ10号で使用。着陸機に代わって周回機が搭載されていた。周回機の重量は245kgで、7種類の科学観測装置による観測を行った。コスモス111号は失敗したが、ルナ10号が世界初の月の人工衛星(地球の孫衛星)になり、月軌道上から56日間の観測を行った。
E-6LF  ルナ11号ルナ12号で使用。E-6Sと同じ周回探査機だったが、観測装置が増強されていた。ルナ11号ルナ12号では搭載する観測装置が異なり、ルナ11号は月の組成などを調べたのに対しルナ12号はカメラで月の地形を観測した。それぞれ38日間と85日間の探査を行っている。
E-6M  ルナ13号で使用。E-6を改良した着陸型の探査機。基本的な設計はそのままだったが、新たに土壌観測装置などの機材が追加され、全備重量が1.7トンに増大した。
E-6LS  1ルナ4号で使用。周回探査機。E-6シリーズの最後の型式だった。
後期型 (E-8シリーズ)
 プロトンロケットで打ち上げられたルナ計画の最後のシリーズで、重量
は5t以上に達した。E−6シリーズと同様に部品の共通化が図られた。
E-8-5  ルナ15号ルナ16号ルナ18号、ルナ20号、ルナ23号、ルナ24号で使用。コスモス300号と305号もこの型式に当たる。月土壌のサンプルリターンを計画していた。有人月面着陸に先駆けて、月面の土壌に有害な未知のバクテリアがいないかどうかを調べる目的もあった。また、月面に残される着陸機下部は、全自動操縦である有人月面着陸機を誘導する、位置信号を発するビーコンとして機能する予定であった。ルナ16号、ルナ20号、ルナ24号が成功を収めている。
E-8  ルナ17号ルナ21号で使用。無人月面車「ルノホート」搭載。有人月面着陸候補地点の詳細な探査を目的とする。ルナ17号ルナ21号ともに月面への着陸に成功し、それぞれ15km、37kmを走破した。ルナ17号に搭載されたルノホート1号は世界で初めての月面車だった。
E-8LS  ルナ19号とルナ22号で使用。重量5.6トンの大型月孫衛星。有人月面着陸候補地点の詳細調査、および、全自動操縦で行われる有人月面着陸のための、重力分布データ収集などを目的とする。ルナ22号は、高度が航空機並みの16kmの円軌道であった。
E-8-6
(中止)
 生命維持装置と、有人月面着陸船を誘導する位置電波発信機を備えた無人月面車。有人月面着陸の1ヶ月前に打ち上げられ、有人月面着陸予定地点に着陸し、有人着陸に安全な場所を探して停止する。続いて打ち上げられる有人月面着陸船はE-8-6の近傍に全自動操縦で着陸し、月飛行士はE-8-6月面車に乗車して運転する予定であった。
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ゾンド計画
 ソユーズL1宇宙船は基本的に全自動操縦で、人間が操縦桿を握るのは緊急時の
みとされていた。
 全自動操縦が可能なため、安全確認のために
ソユーズL1計画の全自動無人リハ−
サルが、無人月探査機を装ってゾンド4号(1968年4月)、ゾンド5号(同年
9月)、ゾンド6号(同年11月)という名称で実行され、生物を搭載してそれぞ
れ月を周回して地球に帰還し、成功と報道された(「ゾンド」とは、無人計測器と
いう意味で「気象ゾンデ」のゾンデと同意語)。

船名 発射
年月日
備考(結果)
ゾンド4号
(Зонд-4・Zond 4)
1968.4  1968年にソビエト連邦によって打ち上げられた無人の宇宙船。月への有人飛行に使用する宇宙船の試験飛行で、地球から30万kmの距離まで飛行し帰還したが、着陸予定地点から大きく外れたため自爆した。
ゾンド5号
(Зонд-5・Zond 5)
1968.9  1968年にソビエト連邦によって打ち上げられた無人の宇宙船。月への有人飛行に使用する宇宙船の試験飛行で、月に接近したあと地球に帰還したが、弾道再突入・インド洋不時着のため(このとき最大20Gの減速度を受けたが、健康と命に別条は無い)。
ゾンド6号
(Зонд-6・Zond 6)
1968.11  1968年にソビエト連邦によって打ち上げられた宇宙船。月への有人飛行に使用する宇宙船の試験飛行で、無人で打ち上げられ、月をスイングバイして地球に帰還した。減圧とパラシュートの不完全作動によるクラッシュのため(同様のアクシデントのため、ソユーズ5号のボリノフ飛行士は、着地の衝撃で座席から放り出され、顔面をコクピットに強打し前歯を数本折った)、完全な成功を収めたとは言い切れない状況であった。

マルス計画(Mars probe program)/画像著作権:NASA
[Zond 3
(
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[ 惑星探査機 ]

マルス計画(Mars probe program)/画像著作権:NASA
Zond 3
マルス計画(Mars probe program)/画像著作権:NASA
Mars 1
マルス計画(Mars probe program)/画像著作権:NASA
Mars 1969A & B
マルス計画(Mars probe program)/画像著作権:NASA
Mars 2 & 3
マルス計画(Mars probe program)/画像著作権:NASA
Mars 2&3 Lander
マルス計画(Mars probe program)/画像著作権:NASA
Mars 4 & 5
マルス計画(Mars probe program)/画像著作権:NASA
Mars 6 & 7
【 火星探査機「マルス計画」(Mars probe program) 】
 1960年代から1970年代までソ連の宇宙計画の一環として行なわれた、ソ
ビエト連邦による火星の無人探査プログラムである。
[ 第一世代 - マルスニク計画 ]
 マルス1号の切手ソビエト連邦の、火星に探査機を送ることを目的とした最初の
計画はマルスニク計画で、650kgの質量を持つ2機の探査機が1960年に打
ち上げられたが、失敗した。
[ 第二世代 - マルス3MV-4A計画 ]
 マルス1号は19621962年に打ち上げられたが、火星への途上で失敗した。こ
の頃、ソビエトはマルスAとマルス1962Bという2機の宇宙船を打ち上げた。
両者ともマルス3MV−4Aという900kgの機体を基にしたものだったが、ど
ちらも地球の軌道を抜けることはできなかった。1964年にゾンド1964Aと
ゾンド2号を打ち上げたが、再び火星への途上で失敗に終わった。
[ 第三世代 ]
 1969年にはマルス1969Aとマルス1969Bを打ち上げたがどちらも失
敗し、1971年から1973年にはそれとよく似たマルス2号からマルス7号を
打ち上げた。1971年に打ち上げたマルス1971Cは、約5tと新型のより重
いデザインで、打上げにはプロトンロケットを必要とした。軌道探査機と着陸探査
機を火星に送るように設計されていた。軌道探査機の設計は、後に金星を目的とし
ベネラ計画で用いられたものと同様のものだった。1975年以降のベネラ計画
ではかなり改善されたものの、この時期の探査機の設計は未熟なものだった。探査
機のハードウェアの信頼性の問題は、ソビエト連邦の1960年代後半から197
0年代初期の計画には常に付きまとっていたが、1970年代中盤に、新しいもの
を作る方針から既存のものを改良する方針に転換したことで、大きく改善された。

計画名 船名 発射
年月日
備考(結果)
マルスニク計画   1960  650kgの質量を持つ2機の探査機が1960年に打ち上げられたが、失敗した。
 
マルス3MV-4A計画 マルス1号 1962  火星への途上で失敗した。
マルス1962A 1962頃  両者ともマルス3MV-4Aという900kgの機体を基にしたものだったが、どちらも地球の軌道を抜けることはできなかった。
マルス1962B
ゾンド1964A 1964  再び火星への途上で失敗に終わった。
ゾンド2号
M-69計画 マルス1969A 1969  失敗。
マルス1969B
M-71計画 マルス1971C 1971  
マルス2号 1971.5.19.16:22:44 UTC  マルス2号・3号は火星の表面に到達した初めての人工物となった。
 火星到着時は、100年に一度といわれる、火星全体をすっぽり包む秒速180mの砂嵐の真っ最中でしたが、この暴風のため、着陸機がゴロゴロと転がったために通信が途絶したと考えられています。
マルス3号 1971.5.28.15:26:30 UTC
コスモス419号
(マルス1971C)
1971  打上げに失敗。
M-73計画 マルス4号 1973.7.21.19:30:59 UTC  着陸の際に用いる逆推進ロケットが起動しなかったため、マルス4号は火星から2200kmの軌道を周回することになった。一連の写真と、火星の太陽から逆側の電離層からの最初の検出データである電波遮蔽のデータを地球に送信した。フライバイ後は、日心軌道から惑星間のデータを送っている。
マルス5号 1973.7.25.18:55:48 UTC  9日間に渡って、5°N、330°Wから20°S、130°Wの範囲のマリネリス峡谷南部の60枚の画像を送信した。
マルス6号 1973.8.5  地表に衝突したと考えられている。
マルス7号 1973.8.9  1974年3月9日に火星に到着した。搭載する高度制御装置または逆推進ロケットの故障のため、着陸探査機は予定より早い到着の4時間前に切り離され、1300kmもそれてしまった。
(中止になったミッション) マルス4NM 1973  マルス4NMとマルス5NMが1973年に打ち上げられることが1970年に計画された。また、N-1ロケットを用いた火星へのサンプルリターン計画が1975年に計画されたが、実現しなかった。
マルス5NM
  1975
(後のミッション)
フォボス計画   1988  火星とその衛星フォボスを調査するための2機の探査機が1988年に打ち上げられた。フォボス1号は与えた司令の誤りで故障した。フォボス2号はデータを収集し、火星とフォボスの写真を地球に送信したが、フォボスに着陸する前に交信が途絶えた。
マルス96   1996  マルス96探査機は、欧米の協力を得てロシアが開発し、打上げた大型の探査機です。火星周回機、着陸機、ペネトレータ、気球の4つの手段により22種類の観測機器を火星に送り込む予定でしたが、打上げに失敗し、地球に落下しました。
cf.
 UTC : 協定世界時
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【 金星探査機「ベネラ計画」(Behepa、Venera :「金星」の意味) 】
 ソビエト連邦の金星探査計画である。ソビエト連邦の他の惑星探査機と同じよう
に、これらの多くも2台一組で一週間から二週間の間隔を開けて打ち上げられた。
これは冗長性を増す為もあったが、それ以外の理由として着陸船と軌道船を最適な
軌道に投入できるタイミングにずれがあった為でもある。冗長性と作業の単純化の
ため(打ち上げるモジュールの内容が異なると、プロセスに変更が生じる)どちら
か片方が必要な場合であっても着陸船と軌道船は両方搭載された状態で打ち上げら
れた。

計画名 船名 発射
年月日
備考(結果)
ベネラ計画 ベネラ1号 1961.2.12  世界最初の金星探査機である。
ベネラ2号 1965  金星到達前に交信が途絶して失敗に終わった。
ベネラ3号 1965.11.16  金星表面を目指した最初の惑星探査機である。探査機は1966年3月1日に金星上に到達した初めての人工物となったものの、通信の途絶により惑星に関するデーターは得られなかった。探査機が衝突したのは、金星の昼夜境界線の夜側-20°から20°N, 60°から80°E辺りだと予想されている。
ベネラ4号 1967.6.12  送られたデーターによれば降下カプセルは高度24.96kmまで動作し続け、経度19°n緯度38°e付近に着陸したと推測されている。
 地球外の惑星の大気を測定した最初の宇宙船になった。
ベネラ5号 1969.1.5  ベネラ5号とベネラ6号は大気圏観測用の探査機として打ち上げられたものの、探査機は地面に到達する前に大気の圧力により破壊された。これらの探査機は大気圏に突入する前にペイロードの半分近くを放棄するように設計されていた。5号と6号は破壊されるまでの間、それぞれ53分と51分間のデータを記録し送信した。
ベネラ6号 1969.1.10
ベネラ7号 1970.8.17  ベネラ7号は別の惑星表面からデータを送った最初の探査機となった。
ベネラ8号 1972.3.27  着陸船は厳しい条件で破壊されるまで、着陸後50分11秒にわたってデーターを送信し、以前送られた観測データーを追認することとなった。そこは摂氏470度、圧力90気圧で、地球で視界1kmの状態の曇りの天気に当たる明るさであった。これにより地表は写真撮影可能だと判断された。
ベネラ9号     ベネラ9号から14号までの探査機は全く別の新しい設計だった。それらは約5トンの打ち上げ能力を持つ強力なプロトンロケットによって打ち上げられた。搭載された軌道船は転送・中継機能とエンジンを備えており、これらのうちの何台かは金星周回軌道に投入された(ベネラ9号および10号、15号および16号)。
 軌道船は着陸船を切り離した後、着陸船からの信号を受信、中継し地球へと送信する役割も持っていた。大気圏降下用の着陸船は大気圏突入用の球形の耐熱容器で覆われ、軌道船の上部に取り付けられていた。着陸船は金星の過酷な条件に耐えるよう最適化されたユニークな形状をしていた。中央の球形の部分は耐圧・耐熱容器になっており電子器機をできるだけ長く熱や圧力から守る為のものである。その下の部分は着陸のための衝撃吸収用の「クラッシュリング」で、中空のドーナツ形をしており、着陸時につぶれることで衝撃を吸収した。球形の耐圧容器の上には円柱状のアンテナ構造が載り、そしてその周りには一見パラボラアンテナに見える、エアブレーキである広い皿型の構造が付いていた。着陸船は最低でも30分間、表面で作動し続けるように設計されていた。搭載された器機は探査機毎に変わったが、その中には常にカメラと大気および土壌分析装置が含まれていた。
ベネラ10号  
ベネラ11号  
ベネラ12号  
ベネラ13号  
ベネラ14号  
ベネラ15号 1983.6.2   金星表面の詳細な地表図を作成する事だった。探査機は次のベネラ16号と共に以前のベネラ計画の探査機を改造したものが用いられている。
ベネラ16号  
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 1
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 2
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 3
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 4
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 5 & 6
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 7
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 8
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 9
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 10
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 9 & 10
Descent Craft

ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 11
Descent Craft

ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 13 & 14
ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 13 & 14
Descent Craft

ベネラ計画(Венера、Venera :「金星」の意味)/画像著作権:NASA
Venera 15 & 16
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ベガ計画/画像著作権:NASA
Vega 1 & 2
【 金星・彗星探査機「ベガ計画」 】
 旧ソ連による金星ハレー彗星探査計画。ベガ1号および2号が1984年に打
ち上げられた。

計画名 船名 発射
年月日
備考(結果)
ベガ計画 ベガ1号 1984.12.15  着陸機と気球を収めたカプセルを切り離し後、母船は金星をフライバイしてハレー彗星へ向かう。カプセルは1985年6月11日に大気圏へ突入、着陸機は推定高度20kmで通信途絶。
ベガ2号 1984.12.21  着陸機と気球を収めたカプセルを切り離し後、母船は金星をフライバイしてハレー彗星へ向かう。カプセルは1985年6月15日に大気圏へ突入、着陸機は地表到達から56分後に通信途絶。
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【 火星探査計画「フォボス計画」(フォボスけいかく) 】
 ソ連の火星探査計画。フォボス1号、フォボス2号の2機の火星探査機で、火星
とその衛星の一つであるフォボスの観測を行う予定だった。
 それぞれバイコヌール宇宙基地から1988年7月7日、1988年7月12日
に打ち上げられたが、結果として計画は失敗した。
 1号探査機は打ち上げから約2ヵ月後の9月12日、与えた指令の誤りで故障し
、2号探査機はフォボスまで190kmに迫った1989年3月27日、交信が途
絶えた。結局、フォボスの画像37枚が送られただけだった。
火星探査計画「フォボス計画」(フォボスけいかく)/画像著作権:NASA
Phobos 1 & 2
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【 火星探査機「マルス96計画」(Mars 96) 】
 欧米の協力を得てロシアが開発し、打上げた、多くの観測機器を搭載した大型探
査機です。火星周回機、着陸機、ペネトレータ、気球の4つの手段により22種類
の観測機器を火星に送り込む予定でしたが、打上げに失敗し、地球に落下しました
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【 衛星フォボス探査「フォボス・グルント」    
  [Phobos-Grunt{フォボス・ソイル(Phobos soil)}] 】
 2011年、中国の蛍火1号と共に打ち上げ予定。衛星フォボスからのサンプル
リターン計画です。計画全体は、かつて失敗した
フォボス計画、及びマルス96計
を合わせたような計画で、衛星フォボスの表面の砂を地球に持ち帰ることを狙っ
ているほか、現地での観測なども行われる予定です。
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[参考] NASA Plantary Photo