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− 宇宙船 −
宇宙船の定義 I 運用による呼称 軌道による分類
代表的な有人宇宙船 (国名は五十音順)          
 ・ アメリカ合衆国 : アメリカ合衆国初の有人宇宙飛行計画
マーキュリー宇宙船
(マーキュリー計画)
有人宇宙飛行計画
ジェミニ宇宙船
(ジェミニ計画)
アポロ司令船・機械船
(アポロ計画)
    アポロ月着陸船 オリオン
(コンステレーション計画)
 
    再利用型有人宇宙往還機
スペース・シャトル
再使用型宇宙往還機
ベンチャースター」(VentureStar)
無人スペースプレーン「X−37
 ・ ソビエト連邦 : 人類初の有人宇宙飛行
ボストーク
(ボストーク計画)
有人宇宙船「ボスホート  
 ・ ソビエト連邦ロシア : 有人宇宙船「ソユーズ    
    宇宙往還機「ブラン    
 ・ 欧州宇宙機関 (ESA) : 再利用型有人宇宙往還機
エルメス
有人宇宙往還機
ホッパー
&「フェニックス
 
 ・ 中華人民共和国(中国) : 中国初の有人軌道飛行(5号)
神舟
   
 ・ 民間 : 有人宇宙船「スペースシップワン
(スケールド・コンポジッツ社)
有人宇宙船「スペースシップツー
(スケールド・コンポジッツ社)
 
有人 & 無人宇宙船 (国名は五十音順)          
 ・ アメリカ合衆国 : 物資補給宇宙船「ドラゴン    
無人宇宙船 (国名は五十音順)          
 ・ ソビエト連邦ロシア : 無人貨物輸送宇宙船「プログレス    
 ・ 日本 : 無人軌道間輸送機
宇宙ステーション補給機(HTV)」
   
 ・ ヨーロッパ : 無人補給宇宙船「欧州補給機(ATV)」    

宇宙船の定義
 宇宙船は次のような条件を満たさねばならない。

1.  打ち上げ時の振動に加え、宇宙空間における極低温から数千度の高温までの
温度変化・宇宙線・高真空・磁気といった過酷な環境に耐え得る船体(構体)
を有する。
2.  様々な装置を動かすための動力源(通常は電力源)を持つ。
3.  天体の重力や自身の慣性で動かされるだけではなく、自ら加速して推進する
機能を持つ。
4.  搭乗員が過酷な外部環境に晒されないよう閉鎖された部分を持ち、その内部
では安全な環境が維持される。外部へ出入りする際には、エアロック(気閘)
を利用する。
5.  人間の生存のに必要な水や酸素など、宇宙空間で手に入りにくい物資は内部
  に蓄えている(蓄える事が可能である、生成可能である)。

 現在の代表的な宇宙船は次のようなものである。化学反応を利用してガスを噴出す
る化学ロケットエンジンなどによって推進し、金属や複合材料製の船殻や構造材で宇
宙線などを防ぐ一方で船体の耐熱塗装や冷却装置が熱の問題を解決する。乗員やコン
ピュータなどは与圧キャビンで保護され、太陽電池や燃料電池で稼動に必要な電力を
賄い、液体燃料や酸化剤、酸素をタンク内に持つ。さらに地上への帰還、すなわち大
気圏再突入時の空力加熱に対する熱防護システム(TPS:thermal pro
tection system)が必要となる。
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運用による呼称
呼称 備考
宇宙機  人工衛星・宇宙探査機などの無人機や宇宙ステーションを含む、宇宙空間における広義の人工構造物は宇宙機 (spacecraft) と総称される。人工物を宇宙空間まで運ぶ機械(ローンチ・ヴィークル)は、宇宙機とは別に考えることが多い。
ローンチ・ヴィークル
(LV:launch vehicle)
 宇宙輸送システムのうち、宇宙機を宇宙空間まで打ち上げる(ローンチする)装置のこと。2000年代現在はほとんどが使い捨て式 (Expendable launch system) のロケットである。ローンチ・ヴィークル自体は宇宙機ではないが、最終段は軌道に乗り宇宙機となることが多い。
宇宙ステーション  惑星や衛星近傍の軌道上に長期間滞在するための宇宙ステーションは、一般に宇宙船とは区別される。
カプセル型宇宙船  使い捨てを前提とする宇宙船。アポロソユーズなどに代表される。スペースシャトルの登場でいったんは廃れたものの、コストなどの点から再評価されている。アメリカはシャトルの後継としてカプセル型のオリオンを採用した。
宇宙往還機  地上と軌道上とを繰り返し往復する宇宙船、ないしLVやブースターを合わせたシステム全体。システムの全体または一部の再使用を前提としており、宇宙船はふつう翼を備える。再使用型宇宙輸送システム、再使用型宇宙往還機などとも呼ばれる。スペースシャトルが代表的。狭義には、スペースプレーンは含まない。ブースターを用いない単段式宇宙往還機 (SSTO) も研究されているが、技術的な面で課題が大きい。
cf.
スペースプレーン (Spaceplane) 】  航空機と同様に特別な打ち上げ設備を必要とせず、自力で滑走し離着陸および大気圏離脱・突入を行うことができる宇宙船。広義の意味として、
スペースシャトルのように翼を持ち、飛行機のように滑空して着陸する機体全てを指すこともある。
単段式宇宙往還機 [SSTO:single-stage-to-orbit(一段で軌道まで)の意味]  燃料や推進剤のみを消費し、エンジンや燃料タンクなどの機材を切り離さずに軌道に到達できる宇宙船。必ずしも再使用できるものを指すわけではないが、通常は単段式の再使用型宇宙往還機の意味で用いられる。
 SSTOでは、多段式ロケットのような切り離し機構などが不要となり構造を簡素化でき、また1段目の再使用のみを考慮すればよいことから、再使用型宇宙往還機の形状として望ましいと言われている。しかし、ロケットエンジンによる設計ではツィオルコフスキーの公式により機体の大幅な軽量化が必要であること、さらにスクラムジェットエンジン等の開発が難航していることなどから、地球上でのSSTOは2009年現在実現していない。軌道への打ち上げには、多段式の使い捨て型ロケットや多段式で一部再利用の
スペースシャトルが用いられている。デルタクリッパーX-33、ロトン(ロータリーロケット社)等の数隻のSSTOが研究・設計されたが、いずれも軌道には到達していない。なお、月でのSSTOはアポロ計画で実現されている。月の低重力ならば、SSTOは難しいことではない。
 また、二段式宇宙往還機[TSTO:two-stages-to-orbit(二段で軌道まで)の意味]は、完全再使用機を二段構成にすることで、SSTOの技術的難度を緩和することを狙ったコンセプトである。多段式ロケットでは各段の獲得速度の和が最終速度となる。使い捨て宇宙ロケットは全て多段式なのだから、再使用や着陸のためにより多くの装備を必要とする宇宙往還機を単段で実現することはそもそも過大な要求だったとも言え、まず二段式の宇宙往還機を開発しようと考えられたのは自然な流れと言えよう。
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軌道による分類
呼称 備考
人工衛星  惑星(ほとんどの場合地球)の周回軌道に乗る宇宙機。周回軌道上の有人宇宙船や宇宙ステーションも統計上は人工衛星として扱われる。
人工惑星  地球の重力を脱した宇宙機は、太陽の周回軌道に乗る。道中の惑星探査機、一部の宇宙望遠鏡など。
弾道飛翔体  弾道軌道(軌道力学的には、近地点が地球の内部にある楕円軌道)をとる。観測ロケット、弾道ミサイル、記録達成用のスペースシップ1など。
その他  太陽の周回軌道も脱し、星間空間へ向かうものもある。パイオニア、ボイジャーなど。
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代表的な有人宇宙船
タイプ 国名・機関名 船名 ミッション名 備考
カプセル型 アメリカ合衆国
NASA
マーキュリー宇宙船 マーキュリー計画  
ジェミニ宇宙船 ジェミニ計画  
アポロ宇宙船 アポロ計画  
オリオン
(オライオン)
コンステレーション計画  
ソビエト連邦 ボストーク ボストーク計画  
ボスホート    
ソビエト連邦・ロシア
連邦宇宙局
ソユーズ    
中国 神舟 神舟計画  
往還機 アメリカ合衆国
NASA
スペース・シャトル    
ソビエト連邦・ロシア
連邦宇宙局
ブラン    地球軌道周回試験飛行のみで計画休止
民間(アメリカ)
スケールド・コンポジッツ
スペースシップワン スペースシップツー  
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[ アメリカ合衆国 ]

アメリカ合衆国初の有人宇宙飛行計画「マーキュリー宇宙船」(マーキュリー計画)/画像著作権:NASA
Mercury

アメリカ合衆国初の有人宇宙飛行計画「マーキュリー宇宙船」(マーキュリー計画)/画像著作権:NASA
Mercury
【 アメリカ合衆国初の有人宇宙飛行計画     
 「マーキュリー宇宙船」(マーキュリー計画) 】
 マーキュリー計画は1959年から1963年にかけて実施された、アメリカ合
衆国初の有人宇宙飛行計画である。目標は人間を地球周回軌道に到達させることで
あり、1962年2月20日、
アトラス・ロケットで発射されたマーキュリー6号
によってそれは達成された。初期段階の調査はアメリカ航空諮問委員会(NACA
:National Advisory Committee for Aero
nautics)によって行われたが、計画そのものを実施したのは、NACAを
発展的に解散して1958年に新規に創設された、アメリカ航空宇宙局(NASA
:National Aeronautics and Space Admin
istration)であった。
 名称はローマ神話の使いの神、
Mercuryに由来する。マーキュリーまた、
太陽系の最も内側の軌道を回る
水星の名称でもある。水星は他のどの惑星よりも速
く太陽の周囲を周回するため、しばしば速度の象徴とも言われるが、そのこと自体
は計画とは何の関係もない。
 マーキュリー計画に費やされた予算はおよそ3億8,400万ドルで、2007
年の貨幣価値に換算すると、約27億ドルに相当する。

無人飛行
計画名 使用ロケット 暗号名 発射日 発射時間 飛行時間 特記事項
マーキュリー・ジュピター ジュピター なし なし なし なし  弾道飛行を予定していたが、1959年7月にキャンセル
リトル・ジョー1 リトル・ジョー LJ-1 1959.8.21 記録なし 20s  緊急脱出用ロケット試験
ビッグ・ジョー1 アトラス10-D ビッグ・ジョー1 1959.9.9 記録なし 13m  耐熱板および宇宙船とロケットの接続装置試験
リトル・ジョー6 リトル・ジョー LJ-6 1959.10.4 記録なし 5m10s  宇宙船の空力および総合試験
リトル・ジョー1A リトル・ジョー LJ-1A 1959.11.4 記録なし 8m11s  飛行中における緊急脱出用ロケット試験
リトル・ジョー2 リトル・ジョー LJ-2 1959.12.4 記録なし 11m6s  アカゲザルのサムを搭乗させ、高度85kmに到達
リトル・ジョー1B リトル・ジョー LJ-1B 1960.1.21 記録なし 7m35s  ミス・サムを搭乗させ、高度15kmに到達
緊急脱出用ロケット試験 緊急脱出用ロケット 脱出試験 1960.5.9 記録なし 1m31s  地上からの緊急脱出用ロケット発射試験
マーキュリー・アトラス1号 アトラス MA-1 1960.7.29 記録なし 2m22s  アトラス・ロケットを使用しての初の発射実験
リトル・ジョー5 リトル・ジョー LJ-5 1960.11.8 記録なし 2m22s  初の実機発射試験
マーキュリー・レッドストーン1号 レッドストーン MR-1 1960.11.21 記録なし 2s  発射台から10cm浮いたところで電気系統の故障によりエンジンが停止
マーキュリー・レッドストーン1A レッドストーン MR-1A 1960.12.19 記録なし 15m45s  レッドストーンロケットを使用しての初の発射実験
マーキュリー・レッドストーン2号 レッドストーン MR-2 1961.1.31 16:55 UTC 16m39s  チンパンジーを搭乗させての弾道飛行
マーキュリー・アトラス2号 アトラス MA-2 1961.2.21 14:10 UTC 17m56s  宇宙船およびアトラス・ロケットの試験
リトル・ジョー5A リトル・ジョー LJ-5A 1961.3.18 N/A 23m48s  発射時の最も過酷な状況における緊急脱出用ロケット試験
マーキュリー・レッドストーンBD レッドストーン MR-BD 1961.3.24 17:30 UTC 8m23s  レッドストーン・ロケット開発試験
マーキュリー・アトラス3号 アトラス MA-3 1961.4.25 16:15 UTC 7m19s  宇宙船およびアトラス・ロケットの試験
リトル・ジョー5B リトル・ジョー AB-1 1961.4.28 N/A 5m25s  発射時の最も過酷な状況における緊急脱出用ロケット試験
マーキュリー・アトラス4号 アトラス MA-4 1961.9.13 14:09 UTC 49m20s  宇宙船およびアトラス・ロケットの試験。地球を1周
マーキュリー・スカウト1号 スカウト MS-1 1961.11.1 15:32 UTC 44s  宇宙船追跡網の試験
 1961年5月5日、NASAは有人地球周回ミッションに備え、世界各地に広がるマーキュリー追跡ネットワークを評価するための小型衛星を打ち上げるにあたり、固体燃料ロケット(スカウトロケット)を使用するため、マーキュリー計画の提案文書を提出しました。こうした衛星の第一号となったのが、マーキュリースカウト1(MS-1)と呼ばれるものでした。
 マーキュリー追跡ネットワークとは、アメリカが所有・運営する一連の地上局及び追跡船のことで、マーキュリー宇宙探査機の飛行経路下となる場所に世界中に配置されていました。
マーキュリー・アトラス5号 アトラス MA-5 1961.11.29 15:08 UTC 3h20m59s  チンパンジーを搭乗させて地球を2周
cf.
 UTC : 協定世界時
有人飛行
計画名 通称名 使用ロケット 番号 飛行士 発射日 発射時間 飛行時間 特記事項
マーキュリー・レッドストーン3号 フリーダム(自由)7
(Freedom 7)
レッドストーン MR-3 シェパード 1961.5.5 14:34 UTC 15m28s  アメリカ初の有人宇宙飛行
マーキュリー・レッドストーン4号 リバティ・ベル(自由の鐘)7
(Liberty Bell 7)
レッドストーン MR-4 グリソム 1961.7.21 12:20 UTC 15m37s  二度目の弾道飛行。着水後、ハッチが開いて海水が進入したため宇宙船は水没
マーキュリー・アトラス6号 フレンドシップ(友情)7
(Friendship 7)
アトラス MR-6 グレン 1962.2.20 14:47 UTC 4h56m15s  アメリカ初の地球周回飛行。(地球を3周)。
 計器の表示に異常があったため、逆噴射ロケットを装着したまま大気圏に再突入
マーキュリー・アトラス7号 オーロラ7
(Aurora 7)
アトラス MR-7 カーペンター 1962.5.24 12:45 UTC 4h56m15s  スレイトンが搭乗する予定だったが、カーペンターに変更。地球を3周。着水点が予定より402kmずれる
マーキュリー・アトラス8号 シグマ7
(Sigma 7)
アトラス MR-8 シラー 1962.10.3 12:15 UTC 9h13m11s  各種技術的実験を実施。地球を6周
マーキュリー・アトラス9号 フェイス(信仰)7
(キリスト教の"信仰"から名付けられている)
(Faith 7)
アトラス MR-9 クーパー 1963.5.15 13:04 UTC 1d10h19m49s  アメリカ初の1日以上の宇宙滞在であるとともに、最後の単独宇宙飛行。地球を22周
マーキュリー・アトラス10号 フリーダム7-II アトラス MR-10 シェパード        1963年10月に発射し3日間宇宙に滞在する予定だったが、同年6月13日に計画が中止
マーキュリー・アトラス11号   アトラス MR-11 グリソム        1963年に1日間の宇宙滞在をする予定だったが、1962年10月に中止
マーキュリー・アトラス12号   アトラス MR-12 シラー        1963年に1日間の宇宙滞在をする予定だったが、1962年10月に中止
cf.
 UTC : 協定世界時

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【「ジェミニ宇宙船」(Gemini Spacecraft)/「ジェミニ計画」】
 アメリカ合衆国が1960年代に実施した有人宇宙飛行であるジェミニ計画で用
いられた宇宙船。アメリカ合衆国が
マーキュリー宇宙船の次に開発した宇宙船であ
る。製造はマクドネル(現:ボーイング)社。
 ジェミニ計画はアメリカ航空宇宙局(NASA)によって実行された、二度目の
有人宇宙飛行計画である。1955年から1966年にかけ、
マーキュリー計画
アポロ計画の間に、10回の有人飛行が実施された。計画の目的は、月面着陸を目
標とするアポロ計画において必要とされる、ランデブーやドッキング、宇宙遊泳な
どのより発展的な技術を開発することであった。

無人飛行
計画名 使用ロケット番号 発射日 発射時間 飛行時間 特記事項
ジェミニ1号 GLV-1 12556 1964.4.12 16:01 UTC 3d23h  ジェミニ宇宙船初の試験飛行
ジェミニ2号 GLV-2 12557 1965.1.19 14:03 UTC 18m16s  耐熱遮蔽板試験のための弾道飛行
cf.
 UTC : 協定世界時
有人飛行
計画名 使用ロケット番号 船長 副操縦士 発射日 発射時間 飛行時間 特記事項
ジェミニ3号 GLV-3 12558 グリソム ヤング 1965.3.23 14:24 UTC 4h52m31s  初の有人飛行。地球を3周。
ジェミニ4号 GLV-4 12559 マクディヴィット ホワイト 1965.6.3 15:15 UTC 4d1h56m12s  ホワイト飛行士がアメリカ人初となる22分間の宇宙遊泳を実施。
ジェミニ5号 GLV-5 12560 クーパー コンラッド 1965.8.21 13:59 UTC 7d22h55m14s  初の7日間以上の宇宙滞在。燃料電池を初めて使用。将来的なランデブー飛行のための航法・航行装置の評価。地球を120周。
ジェミニ7号 GLV-7 12562 ボーマン ラヴェル 1965.12.4 19:30 UTC 13d18h35m01s  6号がランデブー・ドッキングを行う予定だったアジェナ衛星の発射が失敗したため、その代替として発射された。当初の目的は14日間の宇宙滞在であった。
ジェミニ6-A号 GLV-6 12561 シラー スタッフォード 1965.12.15 13:37 UTC 1d1h51m24s  7号との初のランデブーを成功させる。90mから最小で30cmまでの距離を保ったまま、5時間以上飛行。
ジェミニ8号 GLV-8 12563 アームストロング スコット 1966.3.16 16:41 UTC 10h41m26s  アジェナとのドッキングに成功したが、直後に宇宙船の姿勢制御用ロケットが故障し、機体が異常回転(最大で1秒間に1回)を始める。
 アームストロングが問題を解決することに成功し、アメリカ宇宙開発史上初となる緊急着陸を行った。
ジェミニ9-A号 GLV-9 12564 スタッフォード サーナン 1966.6.3 13:39 UTC 3d0h21m50s  5月に発射される予定だったが、アジェナ衛星が発射に失敗したため延期。新たに打ち上げられたアジェナも、フェアリングが完全に分離できなかったため、ドッキングには失敗。3種類のランデブーと2時間の船外活動を実施。地球を44周。
ジェミニ10号 GLV-10 12565 ヤング コリンズ 1966.7.18 22:20 UTC 2d22h46m39s  アジェナの推進装置を使用して初の軌道変更を実施。8号で使用したアジェナとのランデブーにも成功。コリンズはハッチの部分に立ったまま49分間、宇宙船を離れて39分間の船外活動を実施し、アジェナから実験装置を回収した。地球を43周。
ジェミニ11号 GLV-11 12566 コンラッド ゴードン 1966.9.12 14:42 UTC 2d23h17m08s  アジェナとのドッキング後、同衛星の推進装置を使用して高度1,374kmに到達。ゴードンは計2時間33分の船外活動を実施。地球を44周。
ジェミニ12号 GLV-12 12567 ラヴェル オルドリン 1966.11.11 20:46 UTC 3d22h34m31s  最後の飛行。アジェナとドッキングし、オルドリンはそれまでで最長となる5時間30分の船外活動を実施。
 それまでに指摘されてきた問題点をすべて克服したことをアピールした。
cf.
・UTC   : 協定世界時
・アジェナ : 無人衛星。アジェナとドッキングし、そのロケットを使ってさらに高い軌道に乗ることもできた。
「ジェミニ宇宙船」(Gemini Spacecraft)/「ジェミニ計画」/画像著作権:NASA
Gemini
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アポロ司令船・機械船(Command/Service Module)/画像著作権:NASA
Apoll & 15 CSM

Apollo11_LM_Eagle/画像著作権:NASA
Apollo11 LM Eagle
【「アポロ司令船・機械船」(Apollo program)
       /「アポロ計画」(Apollo program)】
 アメリカ合衆国のアポロ計画で使用するために開発された宇宙船である。ノース
・アメリカン社製作。この
司令船・機械船月着陸船(LM)を合わせたものを総
称して「アポロ宇宙船」と言うことが多い。
 アポロ計画の終了後、司令船・機械船は
スカイラブ(Skylab)計画で都合
3回、合計9人の宇宙飛行士を宇宙ステーション
スカイラブに送り迎えするために
使用され、アポロ・ソユーズテスト計画ではソビエト連邦(当時)の
ソユーズ宇宙
とのランデブーとドッキングを行なった。
 司令船・機械船は、その名が示すとおり二つの部分から構成されている。司令船
は飛行士が滞在し、宇宙船を操縦し地球に帰還させるために必要なすべての制御装
置が搭載されている。機械船は推進用の大きなロケットエンジン1基と姿勢制御用
の小ロケットエンジン16基およびその燃料、さらに宇宙滞在中に必要な酸素、水
、バッテリーなどの消耗品などを搭載している。最終的に地球に帰還するのは司令
船のみで、機械船は大気圏再突入時の高温・高圧力で大気圏内で破壊され、消滅す
る。
 なお、司令船は1967年1月27日に訓練中の3名の飛行士を犠牲にする火災
事故を発生させたため、大幅な改良が加えられた。そのためこれ以前のモデルをブ
ロックI、以降のモデルをブロックII と呼んで区別している。
 アポロ計画 (Apollo program) は、NASAによる人類初の月への有人宇宙飛行
計画である。1961年から1975年にかけて実施され、全6回の月面着陸に成
功した。
 アポロ計画(特に月面着陸)は、人類が初めて(かつ2009年現在では唯一)
地球以外の天体に到達した事業であり、宇宙開発史において画期的な出来事である
だけでなく、人類史における科学技術の偉大な業績としてもしばしば引用される。
        −フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』−
cf.
【アポロ・ソユーズテスト計画 (Apollo-Soyuz test project)】
 アメリカ合衆国とソビエト連邦(当時)の宇宙船が共同飛行した最初の宇宙計画
である。1972年5月に調印され、1975年7月に行われた。アメリカにとっ
ては、これがアポロ宇宙船を使用した最後のフライトであり、1981年4月にス
ペースシャトル1号機が発射されるまで、有人宇宙飛行は行われなかった。二つの
超大国が共同して一つのプロジェクトを実行するASTPはデタント(緊張緩和)
の象徴であり、熾烈をきわめた宇宙開発競争の終わりを告げるものであった。

計画の概要
計画名 使用ロケット 乗組員 発射日 計画の目標 結果
アポロAS-201
(アポロ1A)
サターンIB 無人 1966.2.26 弾道飛行  一部成功 - サターンIB型ロケットを使用してアポロ司令・機械船を打ち上げた、初の弾道飛行。
 機械船のロケットエンジンが予定よりも60秒長く噴射し、司令船の電気系統でトラブルが発生するなどの問題があった。
アポロAS-203
(アポロ2号)
サターンIB 無人 1966.7.5 地球周回飛行  成功 - 燃料タンク内の挙動およびロケットの性能試験。 非公式に「アポロ2号」と呼ばれる。
アポロAS-202
(アポロ3号)
サターンIB 無人 1966.8.25 弾道飛行  成功 - 司令船の大気圏再突入試験。途中で制御不能に陥ったものの、計画自体は成功。非公式に「アポロ3号」と呼ばれる。
アポロAS-204
(アポロ1号)
サターンIB ガス・グリソム
エドワード・ホワイト
ロジャー・チャフィー
発射中止 地球周回飛行  失敗 - 1967年1月27日、発射台上での訓練中に司令船の火災事故が発生し、三名の飛行士が命を失った。
 「アポロ1号」と命名されたのは、事故の後のことだった。しかし、これは実際にはアポロ宇宙船の四度目の飛行となる予定だった(またNASAもAS-204と呼ぶ予定であった)。
 一方、1966年6月にNASAが承認し飛行士が身につけていた計画の標章にはすでに「アポロ1号」と記されていた。
アポロ4号 サターンV 無人 1967.11.9 地球周回飛行  成功 - (月着陸船を除いて)フル装備の状態で行われたサターン5型ロケットの初飛行であり、司令船の大気圏再突入も成功した。
アポロ5号 サターンIB 無人 1968.1.22 地球周回飛行  成功 - 月着陸船の初の試験飛行。多数の試験が行われ、終了後着陸船は大気圏に再突入し消息を絶った。
 使用されたロケットは、本来は三名の飛行士を犠牲にしたアポロ1号(AS-204)で使用される予定のものだった。
アポロ6号 サターンV 無人 1968.4.4 地球周回飛行  一部成功 - 軌道投入時に激しい振動が発生し、エンジンの数機が停止した。司令船の大気圏再突入は成功したが、予定していた「最悪の状態」を想定した試験を行うことはできなかった。
アポロ7号 サターンIB ウォルター・シラー
ドン・アイセル
ウォルター・カニンガム
1968.10.11 地球周回飛行  成功 - 11日間にわたり地球を周回し、司令船その他の性能試験を行う。
アポロ8号 サターンV フランク・ボーマン
ジム・ラヴェル
ウィリアム・アンダース
1968.12.21 月周回飛行  成功 - 史上初めて、人間が月を周回した飛行。地球周回軌道を離れて外部の世界から人間が地球を見下ろしたのも、この飛行が初めてだった。
 実験は成功したが、飛行士が睡眠障害に陥ったり軽い病気にかかるなどした。
アポロ9号 サターンV ジェームズ・マクディヴィッド
デヴィッド・スコット
ラッセル・スワイカート
1969.3.3 月周回飛行  成功 - 10日間にわたり地球を周回し、月着陸船の性能試験および船外活動を行った。
アポロ10号 サターンV トーマス・スタッフォード
ジョン・ヤング
ユージーン・サーナン
1969.5.18 月周回飛行  成功 - 二度目の月周回飛行。軌道上で月着陸船の性能試験を行い、高度15.6kmまで接近した。
アポロ11号 サターンV ニール・アームストロング
マイケル・コリンズ
バズ・オルドリン
1969.7.20 月面着陸  成功 - 史上初の有人月面着陸(最終的には手動で着陸)。
 着陸地点の周辺を歩行により探査。
アポロ12号 サターンV ピート・コンラッド
リチャード・ゴードン
アラン・ビーン
1969.11.14 月面着陸  成功 - 発射時に落雷が機体を直撃して船内が一時的に停電したが、無事打ち上げに成功。
 1967年4月17日に着陸した無人探査機サーベイヤー3号から、わずか200mの地点に着陸した。
アポロ13号 サターンV ジム・ラヴェル
ジャック・スワイガート
フレッド・ヘイズ
1970.4.11 月面着陸  失敗(『成功した失敗』と評されることもある) - 月に向かう軌道の途中で機械船の酸素タンクが爆発し、月面着陸は断念せざるを得なくなった。
 乗組員は一時的に着陸船に避難し、月を周回して地球に帰還した。
アポロ14号 サターンV アラン・シェパード
スチュワート・ルーズマ
エドガー・ミッチェル
1971.1.31 月面着陸  成功 - 月周回軌道上で着陸船のコンピューターに問題が発生したが、着陸に成功。
 初めて月面でカラー撮影を行い、また化学実験をした。
アポロ15号 サターンV デヴィッド・スコット
アルフレッド・ウォーデン
ジェームズ・アーウィン
1971.7.26 月面着陸  成功 - 初の3日以上の長期月面滞在。
 初めて月面車を使用し、27.76kmにわたって広範な地質学的調査を行った。
アポロ16号 サターンV ジョン・ヤング
ケン・マッティングリー
チャールズ・デューク
1972.4.16 月面着陸  成功 - 機械船の姿勢制御装置に故障が発生したため、大事を取って月面滞在日数が一日短縮された。
 計画の主要な目的は、月の高地を探索することであった。
アポロ17号 サターンV ユージン・サーナン
ロナルド・エヴァンズ
ハリソン・シュミット
1972.12.7 月面着陸  成功 - 最後の月面着陸。地質学者を搭乗させた唯一の飛行。
スカイラブ1号 サターンV 無人 1973.5.14 地球周回飛行  成功 - 宇宙ステーションスカイラブの発射。
スカイラブ2号 サターンIB ピート・コンラッド
ポール・ウェイツ
ジョセフ・カーウィン
1973.5.25 長期宇宙滞在  成功 - アメリカ初の宇宙ステーション、スカイラブに28日間にわたって滞在。
スカイラブ3号 サターンIB アラン・ビーン
ジャック・ルーズマ
オーウェン・ギャリオット
1973.7.28 長期宇宙滞在  成功 - スカイラブに59日間にわたって滞在。
スカイラブ4号 サターンIB ジェラルド・カー
ウィリアム・ポーグ
エドワード・ギブソン
1973.11.16 長期宇宙滞在  成功 - スカイラブに84日間にわたって滞在。
アポロ・ソユーズテスト計画 サターンIB トーマス・スタッフォード
ヴァンス・ブランド、 ドナルド・スレイトン
1975.7.15 地球周回飛行  成功 - ソビエト連邦の宇宙船ソユーズ19号とランデブーとドッキングを行う。しばしば「アポロ18号」と呼ばれることもある。
アポロ18号
アポロ19号
アポロ20号
サターンV キャンセル 未発射 月面着陸  キャンセル - 当初の計画では20号まで予定されていたものの、予算削減でキャンセルされる。
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【 「アポロ月着陸船」(Apollo Lunar Module) 】
- 以下LMと記述 -
 アメリカ合衆国のアポロ計画において、二名の宇宙飛行士を月面に着陸させ、か
つ帰還させるために開発された宇宙船である。グラマン社開発。下降段と上昇段に
よって構成され、着陸する際は下降段のロケットを噴射して月面に降り、帰還する
際は下降段を発射台として、上昇段のロケットを噴射して軌道上の司令船とドッキ
ングする。総重量は14.696kgで、そのうち下降段の重量は10.149k
gを占める。開発が遅れたためにアポロ計画全体の進行にも支障を来したが、計画
に影響を与えるような大きな故障を起こしたことは一度もない、信頼性の高い宇宙
船であった。
アポロ16号月着陸船(Apollo16 Lunar Module)/画像著作権:NASA
Apollo16 LM
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オリオン計画orオライオン計画(Project Orion)/画像著作権:NASA

オリオン計画orオライオン計画(Project Orion)/画像著作権:NASA

Orion
【「オリオン」(Orion、またオライオンとも)       
 /「コンステレーション計画」(Constellation program)】
 アメリカ航空宇宙局(NASA)が2010年に運用が終了するスペースシャト
の代替として開発中の宇宙船である。かつてはCrew Exploratio
n Vehicle(CEV:クルー・エクスプロレイション・ビークル)と呼ば
れていたが、2006年9月22日、NASAはオリオン座に因み、同宇宙船を「
オリオン」と正式に命名した。この宇宙船は国際宇宙ステーション(ISS)への
人員の輸送手段として、また次期有人月着陸計画(コンステレーション計画)への
使用も期待されている。
 コンステレーション計画(Constellation program)はN
ASAが進めている有人宇宙機計画で、アレスIアレスV打ち上げ機とオリオン
宇宙船とアルタイル着陸機から構成される。これらの宇宙機は多様なミッションに
適合し、国際宇宙ステーションの輸送や月着陸に供される予定である。
 コンステレーションの大半の機材はスペースシャトルを原型として開発される。
アポロ計画に使用されたシステムに似ている。
 アルタイル(正式名称は月面着陸機LSAM)はアポロ月着陸機に似ている。4
人の乗員を観測機材と共に送り込むことが可能である。アルタイルは再使用されな
い。
 アルタイルは4機のRL−10エンジンが搭載される。セントールロケットで使
用された実績のあるエンジンである。新型のRL−10は着陸時に出力を10%ま
で下げられるようになる予定である(現在の仕様では20%である)。アルタイル
は月軌道投入と着陸を両方行う。エンジンは単段式である。オリオンCSM同様に
自己着火性推進剤を燃料とする。当初の計画では火星の大気と水素からメタンを合
成する予定で液体酸素/メタンを燃料とする予定であったが、実現の見通しは立っ
ていない。
 全体的に見て経費削減の為、新規開発を減らし、既存の機材を繋げて仕立てた
ポロ計画
の焼き直しとの見方がある。70年代に開発されたスペースシャトルに使
用された機材の寄せ集めで90年代以降の技術革新の成果を充分に取り込んでいな
い。乗員輸送機の第1段に出力制御の困難な固体燃料ブースターを使用する事に不
安の声も挙がっている。
cf.
コンステレーション計画中止決定
 2010年2月1日、オバマ大統領は2011会計年度の予算教書にて、コンス
テレーション計画の中止を表明した。既に約90億ドルが投入されていたが、アレ
スロケットやオリオン宇宙船の開発の大幅な遅延があり、さらに予算配分の点で

ASAの他分野
へ悪影響を与えているという懸念もあったため、サブプライムショ
ック
以降の財政悪化を理由に打ち切られる事になった。ただし、計画の中止後もN
ASAの予算自体は増額される見込みで、基礎的な技術開発や無人探査などの継続
的に実行できる宇宙開発に重点を置くことが方針として定められた。
 計画の取り止めによってスペース・シャトル後継機の開発は白紙に戻り、アメリ
カの当面の有人飛行はロシアなど国外の宇宙船に頼らざるをえなくなった。この状
況についてアメリカ国内では、宇宙開発におけるアメリカのリーダーシップを危ぶ
む声が上がっている。一方で計画中止に賛同する立場からは、予算を新技術の開発
に充てた方が長期的にはアメリカの利益になることが主張されている。
アレスV以外にも存続の危機に面している技術(ピックアップ)】
 例えば、外宇宙の探査機との交信に使われる通信ネットワークである
ディープス
ペースネットワーク
がある。
 また、月での居住施設として使われるインフレータブル・ハビタットなどは既に
南極での耐久テストなどが実施されている。この居住施設は広さが384平方フィ
ート(およそ36m2)、天井高は最高で約2.4mあり、断熱設備や暖房設備、
また電源も完備しており、加圧もされているとのこと。
 また、小型トラックほどの大きさの月面バギーの開発計画などもあるという。こ
の月面バギーには寝台設備やトイレ設備が備わっており、宇宙飛行士2名が14日
間過ごせるという。耐久年数は10年とのことで、走行可能距離は何千マイルにも
及び、14ある車輪で岩や最大40度の勾配も超えることができるそうです。

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【「スペース・シャトル」(Space Shuttle) 】
 アメリカ合衆国のNASA(アメリカ航空宇宙局)によって、有人宇宙飛行のた
めに現在使用されている宇宙船である。2010年に退役の予定。
 発射時には、全体はさび色の外部燃料タンク(ET:External Tan
k)、二本の白色で細身の固体燃料補助ロケット(SRB:Solid Rock
et Boosters)、そして翼を持った宇宙船である軌道船(Orbite
r)によって構成される。狭義には一般に軌道船をスペース・シャトルと呼ぶこと
が多い。
 軌道船は宇宙飛行士や人工衛星あるいは宇宙ステーションの部品などを、地球の
大気圏または対流圏上層部の地球周回低軌道へと運ぶ。通常は5名から7名の宇宙
飛行士が搭乗し、ペイロード(有効積載量)は22,700kgである。計画が終
了すると、軌道操縦システム(OMS:Orbital Maneuvering
 System)と呼ばれるロケットを噴射して速度を落とし、衛星軌道を離脱し
て大気圏に再突入する。降下している間、オービターは主に空気抵抗によって極超
音速状態から速度を落とし、着陸態勢に入ると、推進装置は全く使用せずにグライ
ダーのように飛行して着陸する。
飛行概念図
飛行概念図/画像著作権: NASA
(2007年8月21日現在)
シャトル 飛行
日数
周回数 距離
mile ( km )
飛行
回数
最長飛行
日数
乗員 宇宙
遊泳
ミール/ISS
ドッキング
人工衛星
放出
エンタープライズ
(滑空実験機)
0.014   不明 (不明) 0 0.004 >3 0 0/0 0
コロンビア* 300.74 4,808 125,204,911
(201,497,772)
28 17.66 160 7 0/0 8
チャレンジャー* 62.41 995 25,803,940
(41,527,416)
10 8.23 60 6 0/0 10
ディスカバリー 296.84 4,671 115,140,673
(185,300,951)
35 15.39 209 39 1/8 31
アトランティス 245.58 3,873 89,533,755**
(144,090,611**)
29 13.84 174 25 7/8 14
エンデバー 219.35 3,461 90,347,054
(145,399,490)
22 16.63 137 33 1/7 3
総計 1137.17 17,808 446,030,333**
(717,816,240**)
123 - 830 113 9/23 66
cf.
* 既に使用中ではない(破壊されている)。
** STS-117の情報はまだ使用可能でないので割愛、最終更新2006年12月22日。STS-118の情報は8,489,253 km (5,274,977 mi) のどちらかを含んでいない。STS-126のものも含まれない。
日本人が搭乗したミッション
  日付 ミッション名 機体 飛行士
(資格)
備考
1 1992.9.12 STS-47 エンデバー 毛利衛
(
ペイロード・スペシャリスト)
 日本人初の搭乗
2 1994.7.8 STS-65 コロンビア 向井千秋
(
ペイロード・スペシャリスト)
 日本人女性初の搭乗
3 1996.1.11 STS-72 エンデバー 若田光一
(
ミッション・スペシャリスト)
 初のミッション・スペシャリストとしての搭乗
4 1997.11.19 STS-87 コロンビア 土井隆雄
(
ミッション・スペシャリスト)
 日本人初の船外活動
5 1998.10.29 STS-95 ディスカバリー 向井千秋
(
ペイロード・スペシャリスト)
 日本人初の2度目の搭乗
6 2000.2.11 STS-99 エンデバー 毛利衛
(
ミッション・スペシャリスト)
 
7 2000.10.11 STS-92 ディスカバリー 若田光一
(
ミッション・スペシャリスト)
 日本人初のISS組立ミッション
8 2005.7.26 STS-114 ディスカバリー 野口聡一
(
ミッション・スペシャリスト)
 
9 2008.3.11 STS-123 エンデバー 土井隆雄
(
ミッション・スペシャリスト)
 きぼう船内保管室を打上げ
10 2008.5.31 STS-124 ディスカバリー 星出彰彦
(
ミッション・スペシャリスト)
 きぼう船内実験室を打上げ
11 2009.3.15 STS-119 ディスカバリー 若田光一
(
ISS フライト・エンジニア)
 日本人初のISS長期滞在を開始
12 2009.6.29 STS-127 エンデバー 若田光一
(
ISS フライト・エンジニア)
 ISS長期滞在を終えた若田飛行士が帰還時に搭乗
 
きぼう船外実験プラットフォームを打上げ
13 2010.4 STS-131 ディスカバリー 山崎直子
(
ミッション・スペシャリスト)
 野口飛行士がISSに長期滞在中のため、初の日本人2名同時飛行。日本人最後のシャトル搭乗
cf.
 「
ミッション一覧(英語)」

「太陽面を通過するISS & スペース・シャトル画像はこちら ←click♪
スペース・シャトル「エンタープライズ」/画像著作権:NASA
Enterprise

スペース・シャトル「コロンビア」/画像著作権:NASA
Columbia

スペース・シャトル「チャレンジャー」/画像著作権:NASA
Challenger

スペース・シャトル「ディスカバリー」/画像著作権:NASA
Discovery

スペース・シャトル「アトランティス」/画像著作権:NASA
Atlantis

スペース・シャトル「エンデバー」/画像著作権:NASA
Endeavour
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ベンチャースター(VentureStar)/画像著作権:NASA
VentureStar

スペース・シャトル「コロンビア」/画像著作権:NASA
飛行中のX-33(想像図)

【 「ベンチャースター」(VentureStar) 】
- 以下LMと記述 -
 1996年にロッキード・マーティンの提唱した単段式の再使用型宇宙往還機で
ある。技術実証機
X−33が2001年に開発中止となったことにより、ベンチャ
ースターも構想のみで終了した。
 ベンチャースターは、
リフティングボディであり、4枚の尾翼を持つ機体が構想
されていた。全長46m、全幅48m、総重量1.192tで、最高速度はマッハ
25。主な目的は、
スペースシャトルの後継機として、人工衛星を既存の10分の
1のコストで打ち上げられる再利用型で無人の
スペースプレーンとなることであっ
た。無人での打ち上げが条件であったが、積荷として乗客を運ぶことも予想されて
いた。機体は垂直に離陸し、飛行機のように滑走路に着陸する。液体酸素・液体水
素を推進剤とする
リニアエアロスパイクエンジンを利用して、どの高度でも高い推
進能力を有するよう設計されていた。機体中央部に貨物室を持ち、胴体背面にカー
ゴ・ベイが設けられる。
cf.
【スペースプレーン (Spaceplane)】
 航空機と同様に特別な打ち上げ設備を必要とせず、自力で滑走し離着陸および大
気圏離脱・突入を行うことができる宇宙船。広義の意味として、
スペースシャトル
のように翼を持ち、飛行機のように滑空して着陸する機体全てを指すこともある。
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無人スペースプレーン「X−37」/画像著作権:NASA

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無人スペースプレーン「X−37」
 X−37はアメリカ合衆国が開発中の無人スペースプレーン。アメリカ航空宇宙
局・
国防高等研究計画局・アメリカ空軍が参画している計画であり、主契約会社は
ボーイング社
 アメリカ航空宇宙局の再使用型宇宙往還機離れに伴い、2006年以降はアメリ
カ空軍専属プロジェクトとなる。
 1996年にアメリカ航空宇宙局は、
X−33X−34のほか、より先進的で
低コストの再使用型宇宙往還機の技術試験機としてフューチャーXパスファインダ
ー(Future−X Pathfinder)の開発を開始した。これにはX−
37の名称が与えられ、開発については
ボーイングロッキード・マーチンが提案
に応じ、大気圏内技術試験機として
X−40も製作するボーイング案が採用された
。80%スケールモデルの
X−40Aは1998年に滑空飛行試験に成功した。X
−37と同スケールの
X−40Bの製造は中止となり、2000年にX−40計画
はX−37計画に統合・吸収された。X−37の本格開発は1999年より開始さ
れている。
 当初の構想では、軌道上への打ち上げに
スペースシャトルの貨物室に搭載されて
運ばれる計画であったが、これは計画の遅延により放棄された。空中投下試験も2
001年に行われる予定であったものが大幅に遅延している。
 2002年に
X−40計画の統合を受けて、大気圏内滑空試験機X−37A A
LTV[ALTV(Approach and Landing Test Ve
hicle)と軌道試験機X−37B OTV(Orbital Test Ve
hicle)]の2つを製造することとした。2004年に開発の主管がNASA
から米国防総省
国防高等研究計画局(DARPA)に移管され、軍事プロジェクト
となった。これはNASAが人員輸送手段としての
オリオン宇宙船に注力するため
でもある。
 2004年9月に
スケールド・コンポジッツ社ホワイト・ナイトをX−37A
の投下母機とすることに決定し、2005年6月に適合試験が行われている。20
06年4月7日に
モハーヴェ空港上空にて初の投下試験が行われ、滑空飛行試験お
よび自動着陸に成功した。
 米空軍とユナイテッド・ローンチ・アライアンス社(ULA)はアメリカ東部夏
時間2010年4月22日、米空軍のX−37B軌道試験機を載せた
アトラスVロ
ケット
を、ケープ・カナベラル空軍基地から打ち上げた。打ち上げられたロケット
は順調に飛行し、打ち上げは成功した。
 X−37Bは宇宙空間から無人で帰還できる宇宙船。長さ約9m、翼幅約4.5
m、重さ約5000kgで、
スペースシャトル(オービター)と比較すると、大き
さは4分の1程度しかなく、機体デザインは、円筒形の胴体を有し、機体中ほどに
小規模の主翼を低翼配置で装備している。V字尾翼を有し、水平尾翼はない。胴体
末尾にロケットエンジンを装備できる構造となっている。
 米空軍は今後数週間にわたって、地球周回軌道でX−37Bの試験を行った後、
X−37Bを大気圏再突入させ、無人で
ヴァンデンバーグ空軍基地もしくはエドワ
ーズ空軍基地
に着陸させる予定。
 X−37計画は元々NASAが進めていた、
スペースシャトルの軌道から帰還さ
せる使い捨て機体の計画だった。しかし、2002年にX−37A滑空試験機とX
−37B軌道試験機にそれぞれ別れ、さらに、2004年にNASAが計画を断念
したことにより、管轄が米国防総省
国防高等研究計画局(DARPA)に変わり、
計画も大幅に遅れていた。
cf.
[X−37A]
 全長:8.38m
 全幅:4.57m

- 画像著作権: NASA -
無人スペースプレーン「X−37B」/画像著作権:NASA

無人スペースプレーン「X−37B」/画像著作権:NASA
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[ ソビエト連邦 ]

ボストーク宇宙船/画像著作権:?
打ち上げロケット最上段と
結合したボストーク宇宙船
人類初の有人宇宙飛行                 
ボストーク」[ヴォストーク:Восток(ヴァストーク)]
                    /「ボストーク計画」】
 1960年代前半にソ連によって地球軌道上に打ち上げられた有人宇宙船の名で
あり、人類初の有人宇宙飛行を実現した計画である。打ち上げに用いたロケット「
A1」は大陸間弾道ミサイルであるR−7を改良したものである。「ボストーク」
とは「東」を意味するロシア語の一般名詞である。

宇宙船名 打上
年月日
飛行時間
(地球周回数)
宇宙飛行士 コールサイン 備考
ボストーク1号 1961.4.12 1h48m
(1周)
ユーリイ・ガガーリン Кедр
(ヒマラヤスギ)
 人類初の有人宇宙飛行
ボストーク2号 1961.8.7 1d1h18m
(17周)
ゲルマン・チトフ Орёл
(ワシ)
 
ボストーク3号 1962.8.11 3d22h22m
(64周)
アンドリアン・ニコラエフ Сокол
(ハヤブサ)
 
ボストーク4号 1962.8.12 2d22h56m
(48周)
パベル・ポポビッチ Беркут
(イヌワシ)
 
ボストーク5号 1963.6.14 4d23h7m
(82周)
ヴァレリー・ブィコフスキー Ястреб
(タカ)
 
ボストーク6号 1963.6.16 2d22h50m
(48周)
ワレンチナ・テレシコワ Чайка
(カモメ)
 女性初の宇宙飛行
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【「ボスホート」(Восхо?д,ヴァスホート,Voskhod) 】
 ソビエト連邦が開発した有人宇宙船である。「ボスホート」とはロシア語で「日
の出を意味する。
 ボスホート宇宙船は、
ボストークに続く有人宇宙船で、ボストーク宇宙船を改造
し、バックアップ用の固形燃料逆噴射ロケットを帰還船に追加すると共に、シート
を増やして2−3人乗りに改良された。一方、帰還船の大きさは
ボストーク宇宙船
と同じであったため内部のスペースを確保するために宇宙飛行士の座席を射出する
装置をなくした。
ボストーク宇宙船では、宇宙飛行士は降下時に空中で射出されて
パラシュートで地上に降りていたが、ボスホート宇宙船では宇宙船に乗ったまま、
パラシュートを開いて降下し、着地前に逆噴射ロケットで減速する方式になった。
また同じくスペース不足のため、1号の乗組員は宇宙服なしで乗り組むことになっ
たが、2号の乗組員は2人だったため宇宙服を着ることができた。2号には船外活
動のために伸展式の気密室(エアロック)が設置された。ボスホート宇宙船は、打ち
上げ時と帰還時の緊急脱出方法がない、リスクの大きな宇宙船であった。
 ボスホートはアメリカ合衆国が2人乗りの
ジェミニ宇宙船を開発していることを
知ったソ連がそれに対抗して急遽計画したものだったが、結局無人テスト機の
コス
モス衛星
3機と有人機2機が打ち上げられたのみで、先に開発が始まっていたソユ
ーズ
に一本化された。

宇宙船名 打上年月日 宇宙飛行士 備考
ボスホート1号 1964.10.12 ウラジーミル・コマロフ
コンスタンティン・フェオクティストフ
医師ボリス・イェゴロフ
 目的は宇宙での生化学実験と宇宙船内での複数のクルーの役割分担の試験とされたが、実際にはカプセルが狭すぎてほとんど身動きすらできなかったとも言われる。また、プロパガンダ目的として1871年のパリ・コミューンの旗を持参したとされる。
ボスホート2号 1965.3.18 パーヴェル・ベリャーエフ
アレクセイ・レオーノフ
 アレクセイ・レオーノフは世界初の船外活動に成功したが、真空状態の中で宇宙服が予想外にふくらんだため、ほとんど身動きできなくなり、危うくカプセルに戻れなくなりかけた。また地上帰還時に姿勢制御装置が動かなくなるなど致命的なトラブルが多発したが、その都度飛行士たちが訓練されたとおりに冷静かつ迅速に対処して危機を逃れた。
[ 3号以降 ]
 当初は新型のソユーズ宇宙船と並行してボスホート宇宙船の打ち上げも続けられる予定だった。しかしこれらの飛行は、ボスホート2号で多くの問題が発生したこと、ソユーズ1号の死亡事故、ソユーズ宇宙船と月飛行へのリソース集中の必要性ために中止された。
ボスホート3号      19日間の長期滞在ミッション。
ボスホート4号      20日間の長期滞在ミッション。
ボスホート5号      女性宇宙飛行士2名による10日間のミッション。女性初の船外活動を行う予定だった。
ボスホート6号      特殊な装置(ジェット・ベルト)を使った宇宙遊泳。
Voskhod1&2/画像著作権:?
Voskhod1 & 2
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[ 欧州宇宙機関 (ESA) ]

エルメス (ヘルメス) 】
 フランス、後に欧州宇宙機関(ESA)がかつて計画していた再利用型の有人宇
宙往還機。いわゆる欧州版スペースシャトルといわれるもの。
 1980年代よりフランスの宇宙機関・フランス国立宇宙研究センターが独自に
計画していたが、欧州宇宙機関の発足と、独自開発には予算がかかりすぎることか
ら、欧州の共同開発という形をとった。全長は15mほど、乗組員は2〜3名で、
打ち上げ用に新たに開発された「アリアン5型ロケット」のペイロード(積荷部分
)に連結して発射するもので、すでに様々な青写真は出来上がっており、国際宇宙
ステーションにもこれで参加することも視野に入れていた。しかし、1990年代
に欧州全体に吹き荒れた不景気によってESAは資金難となり、多額の開発費がか
かるこの計画を断念した。打ち上げ用に開発した大型ロケット「アリアン5」は、
その巨大な打ち上げ能力を持って、アリアンスペース社の主力ロケットとなり、大
型商業衛星の打ち上げを行っている。またESAは、国際宇宙ステーションにはア
メリカ合衆国のスペースシャトルのほか、欧州補給機を使用して参加している。
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ホッパー & フェニックス (Hopper & Phoenix) 】
 ホッパーは欧州宇宙機関が計画している先進的な形態の有人宇宙往還機。この計
画は
EADS社のフェニックス飛行実験で試験されている。形状はリフティングボ
ディ
である。
 ホッパーは現在の有人宇宙機の中で最も経済的になると宣伝されている。実用化
は2015年から2020年までに行われるのではないかと予想される。ホッパー
は脱出速度に加速した4kmマグネティックトラックで打ち上げられ、一般の発射
よりも安い値段での実験を可能にする。
 21世紀の初期で、最初の独立した宇宙での非軍事的試みであり、
国際宇宙ステ
ーション
計画の重要な部分を引き受けることができるとしている。このプロジェク
トは
エルメス(ヘルメス)宇宙機のように断念されると考えられていた。
フェニックス
 フェニックスはヨーロッパで開発が行われているホッパーの試作機。
アリアンロ
ケット
にちなみ、神話でアリアンが飼っていたというフェニックスの名がつけられ
た。
 フェニックスはドイツのASTRA計画の一部でもあり、ドイツ政府、
EADS
 Astrium Space Transportation社
、ブレーメン州
によって4000万ユーロが支出されており、EADS社とブレーメン州は両者が
既に820万ユーロと430万ユーロをそれぞれ投資している。また、その他の1
600万ユーロがブレーメンのOHBシステム社、DLA社のような提携企業、連
邦政府の教育大臣、研究大臣などから拠出されている。
 EADS社は計画運営、全体のソフトウェア設備を担当しており、その他の関連
企業もこの開発に参入している。
 フェニックスRLV試作機は6.9mであり、重さは約1200kg、翼長は3
.9mである。これは計画の6分の1の大きさで、EADSブレーメン研究所の開
発工程の最初期工程程度である。
 2004年5月8日土曜日、フェニックスは2.4kmの高度からヘリコプター
によって投下され、GPSガイドで異常なく90秒滑空、正確な着地に成功した。
この試験はスウェーデン、ストックホルムの北1240kmの位置にある
キルナ
北欧航空研究施設で行われた。これからはより高い高度からの投下も考えられ、気
球での投下も考えられる。
 このテスト飛行の第一の狙いはホッパー形式の航空機の潜在性の評価である。こ
れからフェニックスの最終形態は高度約130kmの位置から滑空することが考え
られている。
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[ ソビエト連邦ロシア ]

Voskhod1&2/画像著作権:?
Soyuz TMA7
【「ソユーズ」[Союз(サユース)   
  :Soyuz(ソーユーズまたはソイユーズ)] 】
 ソビエト連邦及びロシア連邦の1 - 3人乗り有人宇宙船。
 2人乗りボスホート宇宙船に続くもので、ソ連の有人月旅行計画のために製作さ
れたが、結局その計画は実現されなかった。かつてソ連の宇宙ステーション
サリュ
ート
ミールへの連絡に使用され、登場から40年以上経た21世紀初頭でも国際
宇宙ステーション
への往復用、及びステーションからの緊急時の脱出・帰還用とし
て、現役で使用されている。
 名称の Союз は「団結、結合」という意味で、ほかに「同盟」、「連邦」、
「組合という意味も持つ。

ソユーズ計画
予定 TMA-01M TMA-20 TMA-21 TMA-02M TMA-22 TMA-03M TMA-04M TMA-05M TMA-06M
現在 TMA-18 TMA-19
ソユーズTMA
(2003 -…)
TMA-1 TMA-2 TMA-3 TMA-4 TMA-5 TMA-6 TMA-7 TMA-8 TMA-9 TMA-10 TMA-11 TMA-12 TMA-13 TMA-14 TMA-15 TMA-16 TMA-17
ソユーズTM
(1986 - 2003)
TM-2 TM-3 TM-4 TM-5 TM-6 TM-7 TM-8 TM-9 TM-10 TM-11 TM-12 TM-13 TM-14 TM-15 TM-16 TM-17 TM-18 TM-19 TM-20 TM-21 TM-22 TM-23 TM-24 TM-25 TM-26 TM-27 TM-28 TM-29 TM-30 TM-31 TM-32 TM-33TM-34
ソユーズT
(1976 - 1986)
T-2 T-3 T-4 T-5 T-6 T-7 T-8 T-9 T-10-1 T-10 T-11 T-12 T-13 T-14 T-15
ソユーズ7K-TM
(1975 - 1976)
19号 22号
ソユーズ7K-T
(1973 - 1981)
12号 13号 14号 15号 16号 17号 18a号 18号 21号 23号 24号 25号 26号 27号 28号 29号 30号 31号 32号 33号 34号 35号 36号 37号 38号 39号 40号
ソユーズ7K-OKS (1971) 10号 11号
ソユーズ7K-OK
(1966 - 1971)
1号 3号 4号 5号 6号 7号 8号 9号
無人機 コスモス133号 コスモス140号 コスモス186号 コスモス188号 コスモス212号 コスモス213号 コスモス238号 ソユーズ2号 コスモス379号 コスモス396号 コスモス398号 コスモス434号 コスモス496号 コスモス573号 コスモス613号 コスモス638号 コスモス656号 コスモス670号 コスモス672号 コスモス772号 ソユーズ20号 コスモス869号 コスモス1001号 コスモス1074号 ソユーズT-1 ソユーズTM-1
関連項目 ソユーズ 一覧 月旅行計画L1 L3 プログレス サリュート ミール ISS クリーペル
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【「ブラン」                    
 [Буран(ブラーン)・ラテン文字転写の例:Buran] 】
 ソ連の各設計局が開発した宇宙船(宇宙往還機)、ないしは同機を初代オービタ
とする打ち上げ計画(
w:Buran program)である。「ブラン」とは
「吹雪」特に「ステップの猛吹雪」を意味するロシア語の男性名詞。
 「ソ連版スペースシャトル」と言われることが多いブランだが、この言葉は必ず
しも正確ではない。確かに初飛行はアメリカ合衆国の
スペースシャトルより大分遅
れたが、ソ連はそれ以前からこれらに似た形状をした有翼宇宙往還機の構想を持っ
ていた。
 この構想の宇宙船模型と、ソ連宇宙飛行士第一期生だったユーリイ・ガガーリン
らが一緒に写っている写真があり、初飛行の40年近く前(1960年代頃)から
考えられていた宇宙船であるといえる。
 その模型の形は、
スペースシャトル、ブランの両方に大変良く似ている。ブラン
初飛行時に、「アメリカのもののコピーだ」という批判に対する「理想的な形を追
い求めた結果である」「今の技術ではどこの国が設計しても同じようにしかならな
い」という反論は真実といえる。
 そもそも宇宙往還機の構想は、アメリカにしろソ連にしろ、ドイツのオイゲン・
ゼンガーが考え出し、大戦中は極秘文章扱いだった
ゼンガー計画の計画書を占領後
それぞれの国に持ち帰ったことが源流であり、シャトルの発想はアメリカでもソ連
でもなく、ナチス政権下のドイツが発祥だと言うことも出来る。
 
TsAGIや各設計局、ソ連空軍などの研究機関により、小型の無人宇宙往還機
「BOR」(ボル)や、一人乗りの宇宙往還機
MiG−105「スピラーリ」(С
пираль)
が製造され、各種試験が行われた。
 ブランの後部姿勢制御・逆噴射エンジン。主に大気圏再突入時の逆噴射に使うだ
けなので、
スペースシャトルのメインエンジンよりずっと小型である。オービタの
形状こそ似ているものの、
スペースシャトルとブランの打ち上げシステムは全く異
なっている。
 
スペースシャトルは、最終的に地球周回軌道に乗るオービタ自身が液体燃料ロケ
ットエンジン(
SSME)を備えており、このエンジンに対する燃料はオービタが
腹に抱えている茶色の外部燃料タンクから供給される。SSMEは3基あるがこれ
らのみでは離昇(リフトオフ)時の推力が足りず、2本の
固体ロケットブースタ
外部タンクの両脇に装備している。
 一方のブランは、オービタは大きなエンジンを備えていない。同時に開発された
大型ロケット「
エネルギア」に軌道まで運んでもらい、その間は自ら推力を発生す
ることなく、ぶら下がっているだけである。後部についているのはメインエンジン
ではなく、他の宇宙船にもある逆噴射ロケットであり、大きな出力はない。
 このシステムでは、大型のロケットエンジン(
スペースシャトルのメインエンジ
ンにあたる)を装備しない分、ロケットエンジン自身の重量と燃料タンクがなくな
るのでオービタの自量が軽くなり、積載量が多くなるほか、着陸時の速度を下げる
ことができるので
スペースシャトルより安全に大気圏再突入ができる。その一方で
、高価なメインエンジンを再使用できないという欠点もある。
 緊急脱出システムを持たない
スペースシャトルと違い、ブランには搭乗人員全員
分の射出座席を搭載し(一時期
スペースシャトルには射出座席を取り付けられてい
たが、実際のミッションでは取り外されていた)、また主エンジンを搭載していな
いためにロケットの不調の際にはエネルギアを切り離し、自力で(姿勢制御エンジ
ンなどを用いて)滑走路に帰還することもできるようになっていた。
 ブランは1988年11月15日午前3時(協定世界時)にバイコヌール宇宙基
地から発射され、206分間にわたり無人で地球軌道を周回し、発射場所であるバ
イコヌール宇宙基地の滑走路に自動着陸を成功させた。
 予定では1992年に有人飛行を行うはずであったが、1991年のソ連崩壊と
共にこの計画は消滅してしまい、1号機ブランはカザフスタンにて保管されていた
が2002年5月12日に暴風に遭い、ハンガーもろとも破壊され現存しない。こ
の出来事で作業員8人が死亡したとされる。また、2号機「プチーチュカ(小鳥)
」3号機「バイカル(バイカル湖より)」など、いくつものブラン型派生モデル開
発・製造途中であったが、これらも全て中止となった。
 ブランには、アントーノフ設計局が設計・製造した
An−225ムリーヤという
世界最大の航空機が専用機として輸送の任にあたっていた。こちらは世界最大の貨
物機として現役で活躍中である。

試験機 OK-GLI
[翻訳]
飛行テスト用試験機  1984年にロールアウトし、ランディングテスト(時速45キロ?230キロ)、飛行テスト、パイロット訓練用として活躍した。4基のAL-31ジェットエンジンと自動操縦装置を搭載している。ジェットエンジンを持っているためアメリカのエンタープライズと異なり自力で離陸できる。飛行中にエンジンをシャットダウンし滑空することで訓練を行った。大気圏内専用。
OK-TVA 力学(振動)試験機  宇宙飛行状態での機体へのストレスについて、また力学的なテストが研究された機体。現在、モスクワのゴーリキイ公園に展示されている。
OK-TVI 環境耐久試験機  0気圧での実験や、2500℃??150℃の加熱冷却試験が行われ、機体や耐熱タイルにかかるストレスについて実験された。
OK-KS 電気試験機  
フリート ブラン ブランの1号機
(1.01)
 生命維持装置は準備工事のみで実際には装着されなかった。
プチーチュカ ブランの2号機
(1.02)
 ブランと同様生命維持装置が装着されていない。なお、プチーチュカは非公式の名称で、本来は「ブーリャ」と名付けられるはずであった。現在はカザフスタンバイコヌール宇宙基地の施設内に保存されている。赤い器具がペイロードドアに取り付けられている。
バイカル ブランの3号機
(2.01)
 生命維持装置付のブランとしては1号機。36RB射出座席が装備されていた。
派生型 MAKS-OS 4人乗りの小型の宇宙往還機  ブランと異なり二基のロケットエンジンを持ち、燃料タンクを機腹に装着してアメリカのスペースシャトル方式で発射されるもの。打ち上げは地上の射場ではなくAn-225からされる。またエネルギアの小型版「エネルギア-M」の頂部にも搭載可能。「モルニヤ」「ブリヤ」などのフリートが予定されていた。
OS-120 1975年に計画されたオービター案  システム、基本構想としては米スペースシャトルとほとんど同じである。ロケットエンジンを3基装備し、機腹に「グロム(Гром)」という燃料タンクを装着している。ただ、ゼニットをロケットブースターとして4機備えている点がスペースシャトルと異なる。
Buran on An-22/画像著作権:?
Buran on
An-225
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[ 中華人民共和国(中国) ]

神舟5号/画像著作権:?
神舟5号
中国初の有人軌道飛行(5号)        
 「神舟」(しんしゅう・Shenzh?u/シェンチョウ) 】
 中華人民共和国が打ち上げた有人宇宙船。「神舟」は、「神州/Shenzh?
u」(中国の美称の1つで「神の国である麗しの中華」のような意味)と同じ音で
ある。神舟5号によって同国初の有人軌道飛行に成功。有人宇宙飛行に成功したの
は世界でソビエト連邦、アメリカ合衆国に次ぐ3番目で、42年ぶりとなった。

無人飛行
計画名 発射日 備考
神舟1号 1999.11.20  甘粛省の酒泉衛星発射センターから長征2F型ロケットによって打ち上げられた。地球周回軌道を21時間飛行した後、帰還カプセルが内モンゴル自治区に着陸した。
神舟2号 2001.1.10  サル、イヌ、ウサギ、カタツムリなどの動物を乗せており、生命維持装置の実験を行った。軌道変更用エンジンを3度使用して軌道変更実験を行い、3月16日に帰還カプセルの回収に成功した。軌道上に残ったモジュールもその後半年にわたって運用を続け、搭載した実験装置による宇宙実験を実施した。
神舟3号 2002.3.25  宇宙飛行士のダミー人形を乗せ、船内環境の計測と、独自開発した宇宙服の動作テストを実施。地球周回軌道を108周した後、4月1日に帰還カプセルの回収に成功した。
神舟4号 2002.12.30  有人打ち上げに向けた最終リハーサルを行い、打ち上げ数時間前まで飛行士が搭乗して準備を行った。3号同様に人形を乗せ、宇宙空間では搭載機器による実験を行う。翌2003年1月5日に帰還カプセルの回収に成功した。同時に打ち上げられた電子偵察衛星では、補助ロケット噴射で方向を逆転させ、一時的に軌道を離脱させる遠隔操作、衛星からの偽装物体放出など、軍事色の強い実験も行った。
神舟5号 2003.10.15
(現地時刻:UTC+8)
 空軍の楊利偉(ヤン・リーウェイ)中佐(当時38歳)1人を乗せて打ち上げられた。高度343kmの円軌道を約21時間(14周回)飛行した後、10月16日午前6時23分(同)に同国内モンゴル自治区の草原地帯に着地した。楊中佐は無事に帰還した。
神舟6号 2005.10.12  2度目の有人宇宙飛行に成功した。乗組員は、費俊竜(フェイ・ジュンロン)と聶海勝(ニエ・ハイション)の2名で10月17日に無事帰還。打ち上げの模様がはじめて中継放送され、自信の程を世界にあらわした。
神舟7号 2008.9.25  乗組員は?志剛(ジャイ・ジーガン)、劉伯明(リウ・ボーミン)、景海鵬(ジン・ハイポン)の3人[2]。9月27日に?志剛が15分間の船外活動を行った[3]後、翌9月28日に内モンゴル自治区中部四子王旗の着陸場に無事帰還した。
 なお、宇宙遊泳の成功については疑問を唱える声もある。?志剛の宇宙遊泳の映像で、物体や気泡のようなものがキャビンの扉や宇宙服から出ているように見えることなどが理由として挙げられている。中国の有人宇宙飛行の副総設計師である王忠貴の反論によれば、気泡のようなものの出現の原因はキャビン内外の0.02気圧の気圧差によるものであるという。
神舟8号 2009年以降
打ち上げ予定
 無人飛行により、無人衛星とのドッキングを計画している。
神舟9号 2012年以降
打ち上げ予定
 無人飛行により、無人衛星とのドッキングを計画している。
神舟10号 時期未定
(2015年から20年ごろ予定)
 8・9号の成果に基づき、有人飛行での宇宙ステーション建設を計画している。
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[ 民間(アメリカ) ]

SpaceShipOne/画像著作権:?
SpaceShipOne

スペース・シャトル「コロンビア」/画像著作権:?
ホワイト・ナイトに搭載されて
飛行中のスペースシップワン
【「スペースシップワン」           
 (SpaceShipOne・スケールド・コンポジッツ社) 】
 スケールド・コンポジッツ社によって開発された有人宇宙船である。民間企業に
よる有人宇宙飛行としては世界で初めて、2004年6月21日に高度約100k
m(10万メートル)を達成した。
 さらに、2004年9月29日、10月4日には、民間宇宙船開発に対する賞金
制度「
ANSARI X PRIZE」の受賞条件を最も早く達成し、賞金100
0万ドルを同社は獲得した。なお、受賞条件は以下の通り。

・高度100km以上に到達する
・乗員3名(操縦者1名と乗員2名分のバラスト)相当を打ち上げる
・2週間以内に同一機体を再使用し、飛行を行う

 それまでの宇宙開発は、すべて国家計画の一環であり、国家予算を使って行われ
ていたものである。事実、世界初の人工衛星、初の有人宇宙飛行、初の有人月着陸
、いずれも国家の強力な主導のもとで行われた。しかしながら、航空宇宙史を振り
返ると、ライト兄弟の初飛行、リンドバーグの大西洋無着陸横断などの大記録は民
間・個人によって達成されたものであった。スペースシップワンが達成した成果は
しばしばこれらに匹敵する成功として評価されている。
 
ヴァージングループに設立された宇宙旅行会社ヴァージン・ギャラクティック
Virgin Galatic)はスペースシップワンからの技術供与を受け、宇
宙旅行ビジネスを開始することを発表した。2007年からのサービス開始を目指
していたが、2010年現在も実現は難航している。
 初めて高度100kmを達成した2004年6月21日の飛行15Pは次のよう
に行われた。
 カリフォルニア州モハベ砂漠にある飛行場から離陸。運搬用航空機「
ホワイトナ
イト
」により吊り下げられた状態のまま、高度約15kmまで上昇後、切り離され
た。その後はロケットエンジンに点火し音速の3倍まで加速。弾道ミサイルと同じ
原理(慣性)で放物線を描くように飛行し、高度100kmへの到達を果たした。
3分間余りの無重量状態での宇宙飛行を経て、大気圏に再突入。高度15kmまで
降下した後は滑空により元の飛行場へ着陸した。更に16P・17Pにて2週間以
内の再飛行を達成、
X PRIZE受賞条件をクリアした。
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【「モデル339 スペースシップツー」              
 (Model 339 SpaceShipTwo,SS2・スケールド・コンポジッツ社) 】
 開発中の宇宙旅行者向けの弾道飛行スペースプレーンである。スケールド・コン
ポジッツ
と、リチャード・ブランソンのヴァージン・グループによるジョイントベ
ンチャーであるスペースシップ・カンパニー(
The Spaceship Co
mpany
)により、Tier 1bプログラムの一部として開発されている。2
009年12月7日、カリフォルニア州の
モハーヴェ宇宙港にて1号機VSSエン
タープライズが初公開された。
 宇宙航空会社の
ヴァージン・ギャラクティックは、2009年以前には行われた
ことのなかった乗客向けの民間宇宙飛行サービスを提供するために、この宇宙機を
5機編成で運用する予定である。初めての宇宙飛行は2011年6月前後に行うと
している。
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 2010年3月22日、宇宙船「スペースシップツー(=VSSエンタープライ
ズ)」を載せて、母船ホワイトナイトツーの飛行試験を行った。
 スペースシップツーを載せたホワイトナイトツーはアメリカ太平洋夏時間3月2
2日7時5分(日本時間23時5分)に
モハーベ空港を離陸し、最高高度約1万3
700mに達し、離陸から約3時間後、再び
モハーベ空港に着陸した。
 ホワイトナイトツーの飛行試験は2009年12月に始まっているが、スペース
シップツーを載せた「キャプティブ・キャリー・フライト」は今回が初めて。
 
ヴァージン・ギャラクティック社は今後、飛行試験を引き続き行い、その後、ス
ペースシップツーの落下滑空試験や空中打ち上げ試験などを行う。
 
ヴァージン・ギャラクティック社のサブオービタル宇宙旅行は早ければ2011
年頃に、ニューメキシコ州のスペースポート・アメリカで開始される予定となって
おり、スペースシップツーを載せたホワイトナイトツーは、約1万8000m上空
まで上昇した後、スペースシップツーを切り離す。切り離されたスペースシップツ
ーはロケットエンジンを点火し、一気に高度約110kmの宇宙空間へ上昇する。
6名の乗客は約5分間の無重力を体験でき、丸い地球を眺めることもできる。
 F1ドライバーのミハエル・シューマッハ選手やルーベンス・バリチェロ選手、
デザイナーのフィリップ・スタルク氏、イギリスの物理学者スティーヴン・ホーキ
ング博士らが同宇宙旅行を予約しているほか、日本人として、小僧com株式会社
の代表取締役会長兼社長である平松庚三氏、外資系IT企業勤務の稲波紀明氏ら3人
も参加する予定となっている。

■VSS Enterprise's first 'captive carry' flight!
 
http://www.virgingalactic.com/news/item/vss-enterprises-first-flight/

SpaceShipOne/画像著作権:?
SpaceShipTwo

WhiteKnightTwo/画像著作権:>
WhiteKnightTwo

/Spaceship_sozai_other/WhiteKnightTwo & SpaceShipTwo 100322/画像著作権:?
WhiteKnightTwo & SpaceShipTwo
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[ 有人 & 無人宇宙船 ]

[ アメリカ合衆国 (有人&無人宇宙船) ]

Progress11_cargo/画像著作権:NASA
ISSへドッキングするDragon(想像図)

Progress11_cargo/画像著作権:NASA
貨物型と人員型の比較
ドラゴン (Dragon) 】
 アメリカ航空宇宙局(NASA)の商業軌道輸送サービス(COTS)の契約に
則り、
スペースX社の開発している国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給
を目的とした宇宙船である。
 
ファルコン9によって打ち上げられたドラゴンは宇宙ステーション補給機(HT
)と同様にグローバル・ポジショニング・システム(GPS)やTDRSを用い
ISSに自動でランデブーした後、カナダアーム2によってハーモニー(ノード
2)の
共通結合機構(CBM)に結合される。また、大気圏再突入能力を備え、実
験試料の回収や人員の帰還にも使用出来る。
 2010年 - 実証1〜3号機打ち上げ。

  貨物型 人員型
主要諸元 ペイロード : 2,500 kg 定員 : 7名

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無人宇宙船
 通常は有人の宇宙機を宇宙船と呼ぶが、無人にもかかわらず宇宙船と呼ばれる宇
宙機もある。
 
マーキュリー計画のA−5まで、ジェミニ計画の2号まで、アポロ計画の6号ま
でなどでは、有人飛行のために設計された機体が試験のために無人で飛ばされた。
このような宇宙機はとうぜん宇宙船と呼ばれる。
 国際宇宙ステーション(ISS)への無人補給船であるロシアの
プログレス補給
船、
ESAATV、日本のHTVは、しばしば宇宙船と呼ばれる。これらは、有
人宇宙船に匹敵する大きさで、与圧室を備え、ISSにドッキング中は人間が中で
活動することもできる。特に
プログレスは有人宇宙船ソユーズの無人化であり、
TV
も有人化構想があるなど、有人宇宙船と共通の設計が多い。
 特殊なケースとして、小惑星探査機
はやぶさが宇宙船と呼ばれることがある。こ
れは
はやぶさPMの川口淳一郎が積極的に宇宙船と呼んでいたためであり、人類未
踏の地に乗り出す長距離飛行を大航海時代の船になぞらえたのだという。
        −フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』−
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[ ソビエト連邦ロシア(無人宇宙船) ]

Progress11_cargo/画像著作権:NASA
Progress11 cargo
【「プログレス」[Прогресс(プラグリェース):Progress] 】
 現在主に国際宇宙ステーション(ISS)への補給に使われているロシアの使い
捨て無人貨物輸送宇宙船である。

バージョン
飛行のたびに数多くの小さな改良が実施され、大きな改良では名前が変更された。
宇宙船名 打上重量
(kg)
貨物重量
(kg)
全長
(m)
貨物モジュール
の直径(m)
最大径
(m)
貨物区画
の容積(m3)
備考
プログレス 7,020_7,249 プログレス
1-24:
~2,300
プログレス
24-42:
~2,500
7.94 2.2 2.72 6.6  プログレスの名前で42機の宇宙船が作られ、最後に打ち上げられたのは1990年5月である。
 貨物船の設計を担当したのは、TsKBEM(現在のRKKエネルギア社)である。1973年の中頃から設計が始まり、プログレスには暗号的な識別番号11F615A15が与えられた。1974年2月までには設計が完了し、1977年11月には最初の量産機の打ち上げ準備が整った。1978年1月20日に、ソユーズと同じロケットでプログレス1が打ち上げられた。ソユーズと同じシュラウド(保護用の覆い)も装備されていたが、緊急脱出システムは機能停止されていて、単純に空気力学的な目的のためだけだった。
 このプログレスの最初のバージョンは、質量が7,020kgあり、2,300kgの貨物、または打上重量の30%を運搬することができた。直径はソユーズと同じ2.2メートルだが、長さはわずかに長い8メートルである。自律飛行期間は3日間(ソユーズと同じ)で、1ヵ月間ドッキングしたままにできた。プログレスは常に補給先のステーションの後部にドッキングした。
プログレスM
(11F615A55)
7,130 2,600
乾:1,500
液体:1,540
7.23
太陽電池板長:
10.6
2.2 2.72 7.6
(乾)
 改良版のプログレスMは、1989年8月に初めて打ち上げられた。最初の43回はすべてミールへ飛行し、ミールの再突入後は国際宇宙ステーションへの飛行が行われた。2009年7月のプログレスM-67が最後の飛行となった。
 プログレスMは、基本的にプログレスと同じ宇宙船だが、ソユーズTとTMから導入された改良が特徴である。太陽電池パネルを装備するようになり、最高30日まで自律飛行ができ、
ミールへ運搬できる貨物は100kg増えている。また、古いプログレスとは違って、ラデューガ (Raduga) カプセルで150kgまでの貨物を地球に持ち帰ることができる。このカプセルは長さが1.5m、直径60cmで、乾燥重量は350kg、与圧モジュールのハッチに挿入し、再突入時に分離・回収される。プログレスMは、ソユーズTMと同じ新しいKursランデブーシステムを装備。軌道上寿命は180日間。
プログレスM1
(11F615A55M1)
7,150 2,230
推進剤:
1,950
乾貨物:
1,800
         プログレスM1は、プログレスMの改良型で、ステーションへより多くの推進剤を運搬できるよう水タンクの代わりに推進剤タンクを追加したタイプである(水は貨物室内に容器に満たして搭載可能)。2000年2月に初飛行し、2004年1月まで計11回の飛行が行なわれた。
プログレスM2
(11F615A55M1)
             プログレスM2は別の改良型で、ミール2宇宙ステーション計画向けに提案された設計だが、財政的な問題のため取りやめになった。M2にはより大きな貨物や宇宙ステーションのためのサービスモジュールが装備され、ゼニットロケットで打ち上げられる予定であった。
改良型プログレスM
(11F615A60)
             プログレスMのアナログ制御機器をデジタル化した改良型で、2008年11月にプログレスM-01Mが初飛行した。旧型のコンピュータを新型に更新(TsVM-101新型コンピュータへの換装やテレメトリシステムもデジタル化)したことにより、約75kg軽量化された。 2009年7月のプログレスM-67以降は、プログレス補給線はすべてこの改良型に切り替えられた。 プログレスM1の同様な改良型(11F615A70)も計画されている。 なお、2010年からはソユーズTMA宇宙船にも同様なデジタル化の改良が導入される。
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[ 日本(無人宇宙船) ]

HTV-1/画像著作権:NASA
HTV-1
【「宇宙ステーション補給機」(HTV:H-II Transfer Vehicle) 】
 国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在している宇宙飛行士の食糧や衣類、
各種実験装置などを補給する輸送業務を目的とした、無人の軌道間輸送機である。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めており、製造は三菱重工業や三菱
電機、IHIエアロスペースなど、大小100社程度の企業で行う。
 2009年9月11日、
H−IIAロケットの能力増強型であるH−IIBロケット
によって技術実証機(初号機)が打ち上げられ、午前2時16分、無事に軌道に投
入された。9月18日午前10時49分、
ISSとの結合に成功した。

HTV
計画名 全長
(m)
直径
(m)
質量
(トン)
補給能力
(トン)
廃棄品搭載
能力(トン)
目標軌道 ミッション
時間
備考
HTV-1 9.6 4.4 約10.5
(補給品除く)
約6
(船内用:約4.5/船外用:約1.5)
約6 ISS軌道:
高度350-460km
/軌道傾斜角約51.6度
単独飛行:
約100時間
/軌道上待機:1週間以上
/
ISS滞在可能:最大30日間
 HTV-1ミッションは、打ち上げロケットともども最初のフライトであり、H-IIBロケット1号機は試験機、HTV初号機は技術実証機とも呼ばれている。2009(平成21)年9月11日午前2時1分、H-IIBロケット1号機にて打ち上げられ、9月18日(日本時間9月18日午前4時51分)、ISSとドッキングした。
 フライト期間は9月11日から11月2日までである。
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[ ヨーロッパ(無人宇宙船) ]

ATV-1 Jules Verne/画像著作権:NASA
ATV-1 Jules Verne
【「欧州補給機」(ATV:Automated Transfer Vehicle) 】
 欧州宇宙機関(ESA)が開発した無人の補給宇宙船である。ATVは国際宇宙
ステーション(ISS)
に燃料や水、空気、ペイロード、実験装置を供給するため
に設計された。さらにATVは大気の抵抗によって降下する
ISSを、リブースト
によってより高い軌道へと押し上げ軌道高度を調整する役割も担う。
 ATVは、フランス領ギアナのクールーから
アリアン5で打ち上げられ、約2日
間の飛行の後、
ISSへと到着しズヴェズダ後方の移送チャンバへ自動的にドッキ
ングする。
 ATVの初飛行は数回に渡って延期されていたが、2008年3月9日(フラン
ス領ギアナ時間)に打ち上げられた。

Automated Tranfer Vehicle
計画名 乗員 高さ
(m)
直径
(m)
ペイロード
(kg)
持続性 遠地点
(km)
近地点
(km)
軌道傾斜角
(°)
備考
ATV1号機「ジュール・ヴェルヌ」 無人 10.3 4.5 7,667 ISSと6ヶ月間ドッキング可能 400 300 51.6  ATV1号機「ジュール・ヴェルヌ」はロッテルダム港から2週間近くかけてフランス領ギアナへと輸送され、クールーのESAスペースポートに2007年7月31日に到着した。
 ジュール・ヴェルヌは延期を何度も繰り返して、2008年3月9日に打ち上げられた。初号機のため約1ヶ月弱の試験運用後、2008年4月3日、
ISSへドッキングした。
 ジュール・ヴェルヌからは270kgの水と21kgの酸素、856kgの推進剤がズヴェズダ・モジュールに搬入され、そのほか約1150kgの貨物が
ISSに持ち込まれた。 さらに、ジュール・ヴェルヌはスペースデブリを避けるためISSの軌道を押し上げる役割も果たした。
 2008年9月5日、ジュール・ヴェルヌは
ISSを離れ、9月29日13:31GMTに大気圏に突入し12分後に燃え尽きた。
ATV2号機「ヨハネス・ケプラー」 無人                「ヨハネス・ケプラー」は2010年後半に打ち上げられる予定となっている。
ATV3号機「エドアルド・アマルディ(Edoardo Amaldi)」 無人                
cf.
 【 GMT[Greenwich mean time]】
  ⇒グリニッジ標準時
 【グリニッジ標準時】
  グリニッジ子午線における時刻。世界の地方標準時の基準とし、世界時ともよばれる。
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