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【大覚寺城(だいがくじじょう)】 大覚寺城は、南北朝室町時代には足利二代将軍義詮が半年間在陣し、大覚寺城と呼ばれ、後伏見上皇の中宮ご安産の祈願を行い、量仁親王(光厳天皇)がめでたく誕生せられ「貴坊の効験」と大がかりな祝典をあげられるなど、一時政治・経済・文化・軍事の中心となっていた。その大覚寺の境内の市庭を起源として中世都市尼崎が形成されたと言われている。 −現地案内板より− 鎌倉末期から港湾都市尼崎の発展に大きな貢献をし、尼崎城が構築されるまでは大覚寺城として活躍しました。 「城下町尼崎」の風情が残る寺町の一角に大覚寺があります。 もし大覚寺の案内板に「大覚寺城」に文字がなければ城跡だとは思わなかったでしょう。 大覚寺は、阪神電車尼崎駅の西約400m(直線距離)です。
尚、大覚寺城跡の周辺道路は道幅が狭く、駐車できません!
阪神尼崎駅の地下駐車場をご利用ください♪d(^-^) |